TORAMARU | ナノ

18

あの事件から1週間。
私の生活はいつもの感じに戻った。
自分にとっては衝撃的な大事件だったけれどそれはこの広い世の中の1つの出来事に過ぎなくて、世界は何事もなかった様に動いてる。
取り立ててニュースになるような大きな事件でもないしつまり、他人から見れば取るに足らない出来事なのだ。
そんなちょっとしたモヤモヤを掻き消してくれたのは先輩の怒声だった。
孝輔さんは宣言通り私にバシバシ仕事を振ってきて、でもそれが私は嬉しくて一生懸命食らい付く。
有り難い事だと思う。
本当に孝輔さんは優しい人だ。
文字通り私は怪我をした彼の左腕になるべく仕事に励んだ。


「ここんとこ見掛けんなぁ」
「そうですか」
「なんや、気になるん?」
「全然です」
「かわええなぁ」
「人の話聞いてますか今吉さん」
「めっちゃ聞いとるで?」
「はあ」
週末、私は一人今吉さんのお店に出向いていた。
あの事件以来姿を見せなくなったアイツの事をなんとなく聞いてみれば、真正面からニヤニヤしながら見てくるものだから質が悪い。
そして話が噛み合わないのは大体いつもの事だ。
青峰大輝はあの日以来この辺りを彷徨く事は無くなった。
それは事件が解決したのだから当たり前の事なんだろうけど、あれだけ神出鬼没に現れていたヤツが突然居なくなるのはなんというか…アッサリし過ぎでしょっていうか…まあとりあえず今私はモヤッとしているって事は認める。
今吉さんのニヤニヤは受け入れられないけど。
「連絡してみたらええんやないの?」
「しません」
「ん?なんでせえへんの?」
「する理由がありません」
「そらまた、なんでや?」
「何もないので」
「何もない?」
「何かあったら連絡寄越せ、ですから」
「なんやの自分、めっちゃかわええわぁ」
「その顔止めて下さい!」
「名前ちゃん酷いわ〜、ワシ元々こういう顔なんやけど?」
「…」
いちいち絡んでくる今吉さんの顔をジトリと見てからご飯を頬張った。
悔しい、美味しい…じゃなくて!
確かにアイツは何かあったら連絡寄越せって言った。
そう言われて私が簡単に連絡なんてすると思ったんだろうか。
生憎私はひねくれ者だし、連絡先貰ったからってホイホイ電話なんかするようなタイプじゃない。
なんで私がわざわざアイツに連絡なんか!
っていうかあんなの渡してくるならこっちのアドレスとか聞いて来なさいっての!
なんて思いつつ、なんで私はこんなに躍起になってるんだろうとハッとした。
「名前ちゃん見とると飽きないわ」
「誉めてます?」
「当たり前やん」
「それはどうも」
「っはは!ほんまにかわええわ。しっかし、あの青峰がなあ」
「!あ、青峰?」
「ん?なんや、気になる?」
「…なりません」
「まあワシから聞かんでもそのうち分かるやろ」
「?何がですか?」
「何がって、そら秘密や」
「今吉さんってケチですね」
「そんな事ないで?お、いらっしゃい」
なんとも不毛な会話をしていると、男性の団体客がやって来た。
数名とはいえ団体でカウンター席に来るとは思わないけれど、なんとなく居心地が悪くなって一番奥に身を寄せる。
ガヤガヤし始めた店内にさっさと平らげてしまおうとご飯を口に運んだ。
「よお」
「っぶ!ゲホッ!!」
「げ、きったねえな」
「なっ!」
突然響いた低音に驚いて噎せた。
その声の主は当然の様に私の隣に腰を下ろしてニヤリと口元を吊り上げる。
「はあ!?青峰、お前彼女居たのか?」
「ウース」
「なんだよ、紹介しろよ」
「誰がするかよ」
「はあ?上司に向かってそりゃねえだろ」
「まあ青峰だからな」
「こんなヤツの彼女なんて大変だろうな」
「言えてる。おい青峰、何飲む」
「あ?オレこっちで食うから」
「毎度毎度勝手なヤツだな」
「まったくな。彼女さん!そいつの事、あとはよろしく〜!店長、生3つ〜」
「まいど〜」
「…は!?」
暫く唖然としていた私は突っ込みどころ満載の会話を脳内でリピートしていた。
ちょっと待て、彼女ってなんだ。
「今吉サン、オレも生」
「なんや、明日は休みか?」
「休みス」
「久しぶりやろ」
「大分な…過労で死ぬとこだぜ」
「青峰に限ってそらないわ〜、ちゅうか隣で愕然としとる子おるけどええの?」
「何がだよ」
「現状理解出来てへんのとちゃう?」
「あ?」
「理解出来ませんていうか理解する気にもなれない感じなんですけどもういいです今吉さんご馳走さまでしたお代ここに置いときます」
「ぶは!ノンブレスや!」
「は?勝手に帰んな」
言いながら大輝は立ち上がろうとした私の腕を掴んだ。
私の腕なんか簡単にへし折ってしまえそうな程、大きくてゴツゴツして硬い男らしい手。
熱い手の感触がじわりじわりと浸透してきて、それに比例して少しずつ速まる自分の心臓の音に戸惑う。
慌ててバタバタと手を動かした。
「は!?ちょ、手!離せ!っコラ!!」
「待ても出来ねえのかよ、犬以下だな」
「は!?」
「青峰〜、もうちょい優しくしたらんと」
「アンタは仕事しろよ。おい、いいからまあ座れ」
「いや、私帰るし」
「はあ?ちっと付き合え」
「なんで私が!」
「付き合え」
「っ」
鋭い目が私を捕らえる。
立ち上がった私を少し見上げる様に見てくるコイツの目が、鋭いはずなのになんだか放っておけないと思わせる色を宿していて私は甘んじてその我儘を受け入れた。
…変なの。

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