TORAMARU | ナノ

17

『名前!大丈夫だったか!』
「私は全っ然大丈夫です!それより孝輔さんの怪我の方がっ」
『俺は頑丈だから平気だ!心配なのは俺なんかよりお前の方だろ!』
「え?」
『青峰に何もされなかったか!?』
「あ、青峰」
事件の翌朝、孝輔さんからの電話で飛び起きた私は慌てて通話ボタンを押した。
決して彼の怪我の事を失念していたわけではないけれど、心身ともに疲れ果ててしまった私は電源が切れたかのように寝落ちてしまったのだ。

『青峰』という名前に大袈裟に反応した。

『青峰のヤツ、勝手にお前の事連れて行きやがって…っつってもまあ仕方ねえんだけど。お、お前も事情聴取だったのか?』
「あ、っはい…そんな所です」
『そうか』
「孝輔さんは」
『俺は手当に30分くらい…事情聴取に20分ってとこか』
「お疲れ様でした…すみません、私のせいで」
『何言ってんだ!名前のせいじゃねえだろ!悪いのはあの犯人だ』
「…はい」
『名前』
「?はい」
『今、何してる?』
「え?今は家ですけど」
『あ、あのよ…行ってもいいか?お前の所』
「え」


数時間後、お昼時に孝輔さんがやって来た。
玄関でガチガチに固まっている彼を部屋に促すとぎこちない動きで歩くものだからつい笑ってしまった。
『笑うな』と言われても困る。
ソファに腰掛けた彼に温かいお茶を差し出せば、勢いよく口を着けてコントの様に吹き出した。
私なんかにそんなに緊張しなくてもいいのにと思いつつ、彼が如何に純粋であるかという事を実感。
『純粋で一途で情に厚うて…傷付きやすい』今吉さんの言葉が思い出された。
隣に腰掛けると彼の腕の怪我が視界に入る。
あの時の情景を思い出してしまい思わず顔を歪めた。
「腕、痛いですか?」
「少しはな。でも左腕だし平気だ」
「…」
「そんな顔するな」
「だって…申し訳なくて」
「いいんだよ、お前が無事だったんだから。怪我の話はもう終いだ」
「孝輔さん」
彼の優しさが私には勿体なくて、痛くて苦しくなる。
何故?
その理由は私の中でほぼ明確になっていた。
…私、きっとアイツの事が凄く気になってる。
孝輔さんと一緒にいる今だってふとした瞬間に過るのはアイツの顔。
黒い肌、ガタイのいい体、ゴツゴツした手、眉間の皺、鋭い眼、カサついた熱い唇…
「!?」
触れた唇の感覚が甦って一気に顔が熱を持つ。
私!何考えてるの!
心配した顔の孝輔さんが私を覗き込む。
心から心配してくれているような彼の表情にまた申し訳なさが溢れた。
「どうした?」
「っなんでもないです!」
「そうか?顔赤いぞ?」
「大丈夫です!全然!」
「まさか熱でもあるのか?」
「!」
「っ」
おデコに伸びてきた手を私は思わず避けてしまった。
なんて事を!
無意識の行動に愕然とする。
悲しげな瞳を向ける孝輔さん。
眉を下げ切なく微笑んだ彼に私は上手く笑顔を返せているだろうか。
「邪魔したな」
「え?」
「お前の無事をこの目で確認したかったんだ」
「孝輔さん」
「そろそろ帰、っい!」
「!孝輔さん!?」
立ち上がろうとした彼がソファに着いたのは怪我をした腕だった。
痛みに顔を歪めた彼は体を支え切れずに傾く。
咄嗟に腕を伸ばし受け止めようとした私は、当たり前だけど孝輔さんの体重を支え切れずに彼諸ともソファに倒れた。
「いって…悪い、名前」
「大丈夫です、私こそすいません」
「いや、支えてくれて、っ」
「あ」
孝輔さんの顔がすぐ目の前にあった。
ソファに逆戻りした私とそこへ覆い被さるように身を乗り出した孝輔さん。
彼の色白の肌が一気に赤へ変わる。
「あ、あの、孝輔さん」
「っ」
「肩貸しますから。立てますか?」
「…」
「?」
「名前」
「はい、…っ!」
孝輔さんは顔を真っ赤にして私を見ていた。
金縛りにあったように体が動かなくなる。
言葉を発しているわけでもないのに真っ直ぐな想いが伝わって来るようだ。
ゆっくり近付く距離にハッとした私は少し俯き息を吐いた。
孝輔さんの動きが止まる。
「…ごめんなさい」
「名前」
「私、」
「畜生…嫌な予感的中か」
「え?」
顔を上げた先、孝輔さんは苦しげに微笑んでいた。
ギュッと胸が締め付けられる。
「伝える前に持って行かれちまったとはな」
「…」
「やっぱ今吉さんの予言怖いわ」
「こ、孝輔さん」
「青峰」
「!?」
「お前、アイツの事好きになったのか?」
「すっ!べ、別に私は!」
「隠す必要ねえよ。バカな俺だってお前の顔見りゃ分かる」
そう言って孝輔さんは少し視線を下げると私の上から退いた。
そしてそっと私の手を取って起き上がらせる。
続けてすぐに離されるかと思った手はそのままに、彼の指が私の手の甲を優しく擦った。
息が苦しい。
「孝輔さんっ」
「そんな顔すんな。お前は何も悪くない」
「っ」
「ただ、意気地無しの自分のせいだ」
「そ、そんなっ」
水分で揺れる瞳を一度瞬きで隠した彼は、次の瞬間には出来る上司の顔になっていた。
そっと手が離される。
「名前」
「!」
「暫く俺の左腕になって貰うからな」
「え」
「こき使ってやるから、覚悟しとけ」
「っ」
意地悪そうに笑う孝輔さんの顔が涙で歪む。
ここで泣いたら失礼だと眉間に力を入れれば、おデコをピシッと弾かれた。
「俺は泣き虫の後輩なんかお断りだぞ」
「っはい!すいませんっ」
じゃあな、と今度こそ玄関に向かう孝輔さんにありがとうございましたとお礼を言って深く頭を下げる。
頼もしい先輩の背中を見えなくなるまで見送った。

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