TORAMARU | ナノ

16

「震えてんじゃねえか」
「う、うるさい…ちょっと、ビックリしただけだし」
「まあトーゼンだろうな。仕方ねえから落ち着くまでこうしててやる」
「うるさいうるさい。ホントうるさい」
「うるせえのはお前だろ、バァカ」
「いいからもう黙って馬鹿変態」
「へーへー」

一気に色々思い出して玄関で腰を抜かすという大失態を犯した私は、大輝に担がれてリビングのソファに座らされた。
そして私の背後には巨体が覆い被さっていて、つまり私は今大輝に抱き締められている。
それを受け入れているのは何よりも今恐怖が勝っているからだ。
そう、絶対そう。
私を囲う大きな腕に安心感を覚えているなんて、そんなの気のせい。
自分に言い聞かせながら暫く黙ってそうされていると、大輝が事の顛末を話し出した。
あの犯人はこの辺りをうろついてカップルを狙って斬り付けたり、上手い事隠れながら女性の後をつけ回したり…長期に渡って警察が追っていた男だった。
私の他にも数名被害に遭った女性がいるらしい。
そしてその犯人を追っていた『青峰大輝』というこの男は、あの場に居た数名の男性含めて私服刑事だったというわけだ。
自身を警部補だと言った大輝はやっと犯人を捕まえられた事に満足している様だ。
警部補…それってこんな年でなれる様な職だったっけ?
ドラマとかの知識しかないけれど警部補って早々簡単になれるものじゃなくてキャリア、つまりエリート職だった様な気がする。
こんなヤツがエリートだと!?
有り得ない。
悶々と考えていると、突然強く引き寄せられて体が仰け反った。
「!」
「あの変態野郎…オレのもんに傷つけようとしやがって」
「え」
「つうか若松の野郎も死刑だな」
「は」
「そういやお前…」
「何」
「若松の野郎とは何もしてねえだろうな」
「…は」
「は、じゃねえよ」
「いや、意味が分からないしこの体勢苦しいから離して」
「なら…こうだな」
「え、ちょ、へ!?」
両脇に手を突っ込まれいきなり持ち上げられた私は変な声を上げた。
驚いているうちに一瞬の解放感と共にぐるっと世界が回転して…私の体は大輝に跨る体勢に変わっていた。
巨体に捕らわれた私はまるで子供みたい。
顔を上げればすぐ目の前に大輝の顔があった。
驚いて身を引こうとしたけれど、ボールでも掴むみたいにしてワシっと後頭部を掴まれてそれ以上下がれなかった。
「っ…」
「で?どうなんだよ」
「どう、って」
「したのかよ」
「だから何!」
「チューだよ、チュー」
「は!?そっそんなのするわけっ」
「なら話は早え。若松をぶっ潰す手間も省けた」
「ちょっと、手、力入ってるんですけどっ」
「おう、力入れてるからな」
後頭部を掴む手にグッと力が入って只でさえ近いのに更にじわじわと縮む距離。
あっけらかんと言って退けた大輝の顔が迫った。
顔に熱が集まる。
両手を固い胸板に押し付けて抵抗すると片手で軽々と阻止されてしまった。
加えてその手を下に引かれれば私は支えを失ってしまうわけで…
嘘、何やってんのこの人!っていうか!
「っ何目ぇ瞑ってんのっ」
「なんだよ、お前目開けたまますんのか?」
「しない!」
「じゃあ閉じとけ」
「だからしないってば!」
「いい加減諦めろ」
「や、ちょっ」
「ん」
「っ!?」
近付く顔に羞恥も限界に達してとうとうぎゅっと強く目を閉じた私。
同時に触れたのはカサついた唇。
でも触れた場所は私が思っていたのとは違っていて…おデコに触れ頬に触れ、耳の縁に触れてチュッと音を立てた。
「…」
「なんだよその顔は。口にして欲しいのか?」
「!?っじょ、冗談やめてよ!」
「っくく!まあ、そこはそのうちな」
「は!?」
「今日は勘弁してやる」
「何がだっ!」
「っぶは!ユデダコだな」
「うっるさい!」
思いっ切り腕を振り上げれば今度は簡単に解放されて、大輝は両手を上げてソファの背凭れに寄り掛かった。
そして少し離れた所から私の顔をまじまじと見つめてくる。
今度はなんだと眉間に皺を寄せれば、一度溜息を吐いてから薄く笑った。
「もう平気だな」
「…え」
「それだけ騒げりゃよ」
「…」
「…じゃ、オレ行くわ」
「え」
「ほら、退けって」
「え」
「重くてオレの足が限界だ」
「なっ!」
「っぶは!ジョーダンだ」
「〜ッ!!」
勢いよく膝の上から下りて距離をとる。
立ち上がった大輝は大きな欠伸をしながら肩を鳴らすと、いつもの気怠げな目を私に向けた。
…コイツ。
強引で自分勝手で失礼なヤツだけどもしかしたら私の恐怖心が少しでも早くなくなるように…。
そんな考えが浮かんだ。
「…ありがと」
「あ?何の礼だよ」
「いいじゃん…なんだって」
「ヘンなやつ」
わざと、だよね。
実際騒いでていつの間にか震えもなくなったし。
だってそうじゃなきゃあんなので終わるとか、強引なコイツがあの状況でキスしないとか…私だって目閉じちゃってたのに…あんな風に触れるだけなんて。
…あそこまでしたなら…すればいいのに。
「ッ!?」
「ん?」
嘘、私今何考えたっ!?
「どうしたよ。吠えたり大人しくなったり忙しいヤツだな」
「なんでもないっ」
「あっそ。そんじゃあな」
「…」
「その顔、さみ」
「しくないっ!!」
「っくく!あー、そうだ…なんかあったら連絡寄越せよ」
「…」
ニッと笑って差し出して来た紙には乱雑に書かれた電話番号とアドレス。
大人しく受け取ると重たい手が頭に乗った。
あっさりと離れていった手を目で追った自分に戸惑いつつ、玄関に向かう背中を追い掛ける。
靴を履き振り返った大輝と目が合った。
スッと伸びて来た手に思わず目を瞑ると鼻で笑われた。
『じゃあな』
そう言ってバタンと閉じられた扉をボーっと見つめる。
暫く響いていたアイツの靴の音に耳を傾けていた。
離れていった体温を、恋しいと思った。

…私、なんかおかしい。

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