TORAMARU | ナノ

15

数時間お店で過ごして客足も減って来た頃。
未だ気持ち良く飲み続ける孝輔さんとは対称的に、私のグラスはなかなか進まなかった。
作業の合間にこちらを見て来る今吉さんが少し腹立たしい。
きっと私の様子を見て反応を楽しんでいるに違いない。
「孝輔さん」
「ん?なんだよお前、全然進まねえな」
「そんな事ないですけど…そろそろ出ませんか?」
「もうか?まだ料理も食い終わってないだろ」
「…まあ…そうですね」
ほら、また今吉さんがこっちを見た。
腹黒め、なんて心の中で悪態を吐いているとついに今一番聞きたくない声が店内に響く。
「今吉サン、生1つ」
「おお、お疲れサン。遅くまで大変やな」
「あ?別に」
ドカリ、大きく音を立てて私の隣の椅子に腰を下ろしたのは大輝だった。
反射的に背筋が伸びてしまって思わず顔を歪める。
私の顔を覗き込もうとした孝輔さんが漸く隣の存在に気付いた。
「っあ、お前!」
「うるせえよ、若松」
「なっ!まだ何も言ってねえ!」
「ほら、うるせえじゃねえか」
「ちょっと!大輝!孝輔さんも!」
「っ悪い」
「オレは悪くねえ」
「なにぃ!?」
会えばこれだ。
間に挟まれた私はもう何も言うまいと決めて深い溜息を吐いた。
すると大輝がテーブルに肘を着き、私と孝輔さんを交互に見て来る。
居た堪れなくなった私は視線を逸らして料理を突いた。
「なあ…何やってんの、2人で」
「なんだっていいだろ、お前には関係ねえ」
「名前、この猿と今日何してたんだよ」
「猿!?」
「大輝には関係ない」
「っだよな!名前!」
「そろそろ帰りましょう、孝輔さん」
「お、おう」
とにかく早くここを出たかった。
出来れば大輝が来る前に出てしまいたかったけれど。
急いで立ち上がりお財布を出した私の手がぐっと掴まれる。
掴まれたのは両方の手だった。
「名前、今日は俺の奢りだからそれはしまえ」
「え」
「おい、勝手に帰んなよ」
「は」
左右から声が上がってどちらも見れずに正面を向くと、意図せず今吉さんとバッチリ目が合ってしまった。
眉を下げ、言わんこっちゃないといった顔で私を見る今吉さん。
なんだか私が責められている気がしてそんなの理不尽だと叫びたくなった。
「大チャン、もう遅いんやし女の子は帰る時間やで?」
「あ?送りゃあいい話だろうが」
「今日名前ちゃんを送ってくんは若松や」
「…はぁ?」
「最後までやり遂げな、なぁ?若松」
「!ッス」
「手ぇ、放したれや」
「…」
ポイっと放る様にして手が離れた。
反対側を掴んでいた孝輔さんの手が私の手をそっと引いて、大輝と距離が出来る。
…捨てるみたいに放る事ないじゃない。
今…どんな顔、してんの。
…。
私は無意識に大輝の表情を覗き込もうとしていた事に戸惑った。
「孝輔さん、すみません。ご馳走様です」
「気にすんな、俺が誘ったんだから。今吉さん、ご馳走様です。また来ます」
「あ、ご、ご馳走様でした!」
「おおきにな。またいつでも待っとるで」
「ッス」
ニタニタと笑う今吉さんに軽く会釈をして孝輔さんと2人店を出る。
冷たい風が吹き付けてぶるりと震えた。
「あ、悪い…寒いよな」
「…え!コート、あるから大丈夫ですよ孝輔さん!」
「いいから。それ掛けとけよ」
「でも」
「先輩命令だ」
「孝輔さん」
「命令は絶対」
「…っふふ、ありがとうございます」
孝輔さんの大きなコートが私の体を包みじわじわと温かさが広がる。
ニッと笑った彼の頬は紅潮していた。
私は手を引かれたまま夜道を歩き出した。


話をしながら歩き続け、気付けばもうすぐ家が見えて来る場所まで来ていた。
本当は駅でサヨナラしようと思っていたけれど、孝輔さんがどうしても心配だからと家まで送ってくれる事になり今に至る。
少しの沈黙の後、すっかり人通りのなくなった夜の住宅街に孝輔さんの優しい声が響いた。
「名前」
「はい」
「つまんなかったか?今日」
「え?なんでです?全然!凄く楽しかったですよ」
「そ、そうか」
「はい!ありがとうございました、誘ってくれて」
「っおう…そうか…楽しかったか、そうか」
「孝輔さん?」
「…名残惜しいな」
「え?」
「お前帰すの」
「…え」
孝輔さんの手にぎゅっと力が入り、ずっと繋いでいて少し汗ばんだ2人の手が更に密着した。
驚いて顔を見上げると、顔をこれでもかと真っ赤にさせた孝輔さんが私を見下ろしていた。
「こ、孝輔さん」
「俺もっ、すげえ楽しかった」
「良かったです」
「ま、また誘っていいか!」
「っは、はい、是非」
「!っそうか!」
「っふ、ははっ!孝輔さん」
「なんだよ!」
「なんだか可愛いです、真っ赤」
「んなっ!これは酒のせいでっ」
「はいはい」
「お前なっ」
「っはは!ん、え!こ、孝輔さん!?」
「っ」
突然強く手を引かれ、私の体は孝輔さんの腕の中に納まった。
くっついた場所から彼の心臓の音が伝わる。
驚いて固まる私に『悪い』と一言漏らすと、抱き締める力が更に強くなった。
孝輔さんの爽やかな香水の匂いが鼻を掠める。
どうしたらいいか分からず困り果てていると、ふと背後遠くから騒がしい足音と妙な声が響いた。
男の、絶叫する声?
『うあぁああああ!』
『逃がすな!』

「え?」
「なっ!っ名前!!」
「え、何、っ!?」
ほぼ同時に孝輔さんが私を抱え込む様にして勢いよく後退する。
彼に身を預ける形で前進した私は、続いて響いた音と声に身を震わせた。
「!?っく、い!ってぇ!!」
「っどけバカ!」
「え、!!」
カシャン!

孝輔さんがバランスを崩して私が彼に覆い被さる形になって倒れ込む。
同時に視界に入った孝輔さんの腕には「赤」…切られた服に真っ赤な血が滲んでいた。
「え、なん、でっ」
「ってえ」
「てめえ!」
「っ離せッ!離せぇええ」
ゴッ!
ガツッ!!
更に背後で罵声と鈍い音が鳴り響く。
続いて響いた数人の靴音と声に私は顔を上げやっと現状を目にした。
「青峰!そのくらいにしておけ!」
「ああ!?こんなんじゃ足んねえ!」
「青峰!」
「ッチ、わーったよ!…っしゃあ!確保!」
「全く!それ以上やったら処罰されるぞ!」
「まけとけよ!とっ捕まえたんだからいいだろうが」
「青峰!」
「あースンマセンスンマセン」

「…」
「…」
私と孝輔さんはくっ付いたまま呆然としていた。
今2人の目の前には数人のガタイのいい男性と、いつか見た変質者と、そいつをしっかりと捕り押さえている『青峰』と呼ばれる男…大輝がいた。
地面には刃先に血痕が着いた果物ナイフが落ちていて、それを見た瞬間私は飛び起き孝輔さんの手をとった。
「いっ、」
「っ孝輔さん!大丈夫ですか!」
「お、おう…ちょっと掠っただけだ」
「掠ったって!血っ、血が出てます!ハンカチっ!」
「お、おい、名前、落ち着け」
「だって、血が止まらない!」
「落ち着けって、大丈夫だから」
「…ああ、舐めときゃ治るな」
「っ青峰!」
「青、峰…」
地面に座り込む私たちの頭上で低い声を漏らしたのは大輝。
その顔は逆光でハッキリとは見えないけれど、纏う雰囲気がピリピリとしている気がした。
「おい若松、てめえはアッチだ」
「は?」
「アッチでその腕の手当と事情聴取」
「っ名前は」
「ああ?コイツの担当はオレだ、オレ」
「なんだと!?ふざけんなっ、いってぇ」
「おいおい、結構グッサリ行ったんじゃねえの?早く行けよ」
「なっ、待て!」
「っわ!ちょっと!孝輔さん!は、離せ大輝!」
「うるせえ、行くぞ名前」
孝輔さんから引き剥がされた私は大輝に引き摺られて歩いた。
振り返ろうとするたび強引に手を引かれて阻止された。
向かった先は家。
大輝は私を引っ張りながら鍵を取り上げ、当然のように家の鍵を開け中に入った。
玄関で呆然とする私を尻目に靴を脱ぎ始めるコイツに私はとうとう大声を上げる。
だって色々有り過ぎて頭追いつかない!
「ちょっと!アンタ、なんなの!?」
「あ?」
「なんなの!さっきの!っていうかアンタ」
「ギャンギャンうるせえなぁ」
「なんなの!?」
「何、だぁ?…さっきの見てたら分かんだろうが」
「…う、そ…ホントに…」
「嘘ついてどうすんだよ。オレはケーサツカン、だ」
「…」
大輝は私を見下ろしニヤリと口元を吊り上げた。
嘘だ。
こんなヤツが警察官だなんて。
そう思うと同時にさっき犯人を捕り押さえていたコイツの姿を思い出して、あの状況でそれを少しかっこいいと思ってしまった自分を恥じた。

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