TORAMARU | ナノ

14

「孝輔さーん!こっちですよ、こっち!」
遠くでキョロキョロしている孝輔さんを見つけた私は大きく手を振って場所を知らせる。
私に気付くと小走りで駆け寄って来てくれた。
背が高く人目を惹く孝輔さんだけど、まっすぐ私の方だけを見て近付いて来るその姿にちょっとだけかっこいいと思ってしまった。
「悪い、人多くてなかなか見つかんなかった」
「孝輔さん背高いし、私は見つけるの楽でしたよ」
「そうか?」
「はい…結構目立ってますしね」
「ん?」
「なんでもないですよ」
首を傾げる彼は自分が女の子の視線を集めている事に全く気付いていないのだろう。
女の子が苦手というのも克服しつつあるけど、周りを気にするタイプではない事は既に長い付き合いで理解済みだ。
…声、うるさいし。
まあそんな所も含め孝輔さんらしいと思う。
「よし、じゃあ行くか」
「はい」
「名前…あ、あのよ…」
「?」
「無理にとは言わねえんだけど」
「なんです?」
歩き始めてすぐ、孝輔さんが言いにくそうにしながら隣から私を見下ろして来た。
続く言葉を待っていると孝輔さんの手と私の手の甲が一瞬触れる。
彼は大袈裟に肩を揺らした。
「っ手、」
「手」
「…いいか、こうしてて」
「え」
聞きながら彼の手は私の手を握り締めた。
ぎゅっと強く握られたので驚いたけれど、なんだかこういう所も孝輔さんらしいと感じて思わず頬が上がる。
そんな私に気付いたのか更に彼の手の力が強くなった。
「いいですけど…高くつきますよ?」
「なっ、何!?」
「あはは!冗談です。手、繋いで歩きましょう」
「その言い方止めろ!なんか恥ずかしいんだよ!」
「ですよね、顔真っ赤ですし」
「お前!先輩をからかうもんじゃねえぞ!」
「今日は仕事じゃないのに先輩ですか?わ、か、ま、つ、さん」
「!ち、違う!…お前、俺の事からかって楽しんでるな!?」
「あ、バレました?」
「こんのっ」
「あはは!」
じゃれ合いながら歩く私たちは周りから見たら恋人の様に見えるだろうか。
笑いながらそんな事を考えた私の脳裏にパッと出て来たのはやっぱり大輝の顔で…孝輔さんの優しい瞳を見つめる事で今はアイツを脳内から排除する事にした。
もう出て来るな馬鹿。


私たちは最近出来た大きなショッピングモールで1日を過ごすと昨日から決めていた。
連休だからこういう所は少しは空くだろうという私たちの考えはちょっと甘かった様で、家族連れからカップルから沢山の人で溢れていた。
それでも色々考えて来てくれたのか孝輔さんが上手く私の手を引いてくれて、大混雑を避けて楽しむ事が出来ていた。
映画、食事、ゲームセンター、本屋、カフェ、こんなに一気に色んな事をしたのは久しぶりかもしれない。
無意識に笑顔になっていた様で、私の顔を見て孝輔さんの表情が緩んだ。
あ…これ初めて見る表情かもしれない。
「ん?なんだよ」
「いや、なんかかっこいいなって」
「………は」
「え、あ、っなんでもないです」
「っそ、そうだよなっ」
「はい!そうですよ!」
「俺の耳どうかしちまったのか!っはは!」
ぎゅっと手の力が強まって気持ち孝輔さんの方に引き寄せられる。
彼の二の腕に私の頭がぶつかって、振り向き見下ろした彼と視線が絡んだ。
「っ名前」
「は、はい」
「俺はお前の事…っか、可愛いと思ってる」
「え」
「後輩じゃなくて…」
「…」
「…」
そこで彼は口籠ってしまった。
続きを聞きたい様な聞きたくない様な妙な気持ち。
ゆるゆると視線を外して前を向いた孝輔さんは、もう一度私の手を強く握り締めた。
「晩飯、うなぎでいいか?」
「あ、はい」
「なんだかんだであの店落ち着くんだよな」
「孝輔さん、今吉さんの事結構尊敬してますよね」
「まあ…食えない人だけどな、あの人は。何に関しても一生勝てる気がしねえ」
「うーん、私もあの人に勝てる気がしない…っていうか挑むだけ無謀だなって思います」
「っはは、お前も今吉さんの事だいぶ分かって来たな」
「あまり嬉しくないですね、それ」
「まあ、違いねえ」
「っふふ」
また柔らかい時間が流れ始めた。
さっきのなんとも言えないむず痒い雰囲気はもうない。
繋いだ手はそのままに、私たちは目的地であるうなぎ料理の店に足を進めた。


「おお、よう来たな」
「こんばんは」
「チッス」
「今日は仕事って感じやないな?プライベートでお出掛けか?」
「そ、そんなとこッス」
「若松もやるやんけ」
「な!今吉さんっ」
入店するなり孝輔さんを弄り出す今吉さんをじっと見ていると、彼の細目が私を捉え薄く笑った気がした。
首を傾げるといつものニンマリした笑顔に変わり、私たちはカウンター席に促された。
荷物を置いてすぐ、孝輔さんがトイレで席を外した瞬間今吉さんがまた私に視線を移す。
顔を上げると少しだけ空気がピリッとした気がした。
「名前ちゃん」
「…はい」
「若松ん事、どう思ってん?」
「どうって」
「好きかっちゅう事や」
「…そ、それは…す、好きは好きです」
「好き…ねえ」
「今吉さん、何が言いたいんですか」
「若松は真面目でええヤツや」
「そうですね」
「純粋で一途で情に厚うて…傷付きやすい」
「…」
「あんまへこまさんようにしたってな」
「!」
「ああ、それから…」
「な、なんですかっ」
「今日はここに大チャンが来る日やで?」
「え」
そう言って反対側の調理台に行ってしまった今吉さんを呆然と見つめる。
やっぱりあの人は末恐ろしい。
ひょっとしたら本人である私よりも私の事を分かっているのかもしれないとさえ思う。
選ぶ言葉も、纏う知的で鋭い空気も、人の心を読む事も、人よりも数歩先を読む事も…きっとこの人にしか出来ないものなのだろうとさえも。
ちょうど戻って来た孝輔さんが私を見て不思議な顔をした。
「なんだ?どうかしたのか?」
「い、いえ!」
「あ、悪い。今日歩かせ過ぎて疲れちまったか」
「いえ、大丈夫ですよ!だいたい私走ったりしてますから体力はありますよ?」
「そうか?」
「そうです」
「ならいいんだけどよ」
今吉さんの背中に向かって注文を飛ばす孝輔さんの顔を何故かまっすぐ見る事が出来ない。
乾杯をする時でさえ、なんだか目を合わせる事が憚られてしまい少しだけ視線を下げてしまっていた。
『今日はここに大チャンが来る日やで?』
そう。
私は確かにこの言葉に動揺していたのだ。

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