TORAMARU | ナノ

13

「な、なっ、何言ってんのアンタ!」
「あ?お前日本語通じねえの?」
「そうじゃなくて!と、とりあえずそこ退いて!」
「なんでだよ」
「いいから退いて!近い!」
「あー、近付いてんだから当たり前だろ」
「っ警察呼ぶからッ」
「ケーサツなんか呼んでどうすんだよ」
「あああアンタをしょっ引いて貰うに決まってんでしょ!」
「は?何もしてねえオレがしょっ引かれるわけねえだろ、バカか?」
「っいい加減にッ」
「おっ、とぉ…あぶねえ」
「!」
不毛な言い合いの後、はしたなくも急所を蹴り上げようとした私の足は大輝の片手に阻まれた。
さっきまで手は背凭れに着いてたはずなのに!
パシッと音を立てて私の足首を掴んだその手を離す事無く、私の膝を割ってそこへ体を滑り込ませる。
更に近付いた距離に驚きジタバタともがいた。
その瞬間、
ゴッ
「いっ!!」
「ってぇええええ!!」
お互いのおデコがぶつかり合って鈍い音が響く。
私はあまりの衝撃に上を向きおデコに両手を当てて悶絶。
一方の大輝は…
「いてえ、頭割れた、死ぬ」
「!」
そう言って目の前の私に向かって倒れ込み首元に顔を埋めた。
同時に脇腹を掠め背中に回された腕に、迂闊にも私はあっさりと捕まってしまった。
「ちょっ」
「動くな、このじゃじゃ馬」
「はぁ!?」
「頭カチ割れるかと思ったじゃねえか」
「それはコッチのセリフ!」
「罰として暫くこのままな」
「え!何の罰!?」
「っせえ、黙っとけ」
「なっ」
理不尽な物言いにイライラが募るものの、おデコの痛みが予想以上に退いてくれなくて私は抵抗を諦めた。
私にしがみ付く様にしているコイツも相当痛かったのか身動ぎ一つせず顔を埋めたままだ。
私は溜息を吐いて背凭れに頭を預け天を仰ぐ。
痛みが落ち着くまではとこの状況を仕方なく受け入れる事にした。
あくまで仕方なく、だ。

数分後、圧し掛かる重みが増しすぐ近くで響いた寝息にギョッとする。
なんという事か、大輝が私にしがみ付いたまま寝てしまった。
口元を引き攣らせこの現状に震える。
恐る恐る視線を下げればそこには眉間に皺を寄せて目を閉じた大輝の顔があった。
「……あ、…っぷ」
ふと気付いてしまったおデコの真ん中にある少し膨れ上がったちっちゃなたんこぶ。
子供みたいだと笑ったらズキッと痛んだ自分のおデコにそっと手をやれば、そこは大輝と同じ様に少しだけ腫れていた。
「もう…何やってんだか」
もう一度大輝のおデコを見てくすりと笑いを漏らして、良く分からない深い溜息を吐いた。
完全に寝入ってしまった大輝の重い体を起こしてソファにひっくり返すのはかなり骨が折れた。
薬箱から冷却シートを出しておデコにペシッと貼り付けてやる。
一瞬顔を歪めたけれど起きる事はなかった。
自分のおデコにも同じ様に貼り付けて、眠り続ける大輝の顔をじっと見つめてみる。
そう言えば私はコイツの寝顔ばかり見てる気がする、と衝撃的な出会いから思い出してみた。
あれからそんなに回数は会っていないはずなのになんだか大分前から知り合いだったような不思議な心地。
だって会えば不毛な言い合いに突飛な行動に私はいつも振り回されてばかりだ。
長い付き合いの友人とでさえこんな風にぶつかり合ったことはない。
まあこんなに強引で自分勝手なヤツもなかなか居ないと思うけど。
「…悪ガキめ」
ボソリと呟き立ち上がった私は、寝室から毛布を運んで巨体に掛けてやった。
後から風邪を引いたのなんのと文句を言われるのが目に見えて分かって腹立たしいからだ。
掛けられた毛布を巻き込んで抱き締めるその姿が少しだけ可愛い…とか思ってなんかないんだから!
雑念を振り払う様にして私はお風呂に向かった。

1時間超えの長風呂から上がると部屋に大輝の姿は無かった。
テーブルの上には乱雑に置かれたハンカチの上に鍵。
何が何でもこれを私に持たせたいらしい。
不本意だけれどこんなもの失くしてしまったら困るので愛用中のキーケースに仲間入りさせてやった。
有り難く思えと言いたい。


あれから数日。
パッタリ大輝と会わなくなった。
神出鬼没な上身勝手なアイツに振り回されていた私はなんとなく気が抜けたというか…いやそうじゃなくて…平穏な日常を過ごしている。
明日から連休を控えた金曜である今日は社内も浮ついていて、誰もが早く仕事を切り上げようとしていた。
「苗字」
「はい、なんですか?若松さん」
「ちょっと休憩しようぜ」
「?いいですけど、若松さん休憩入れちゃってその量終わるんですか?」
「いいや?今日は定時諦めた」
「はは、潔いです」
「お前は?」
「すいません、定時で」
「だよなぁ」
そんな会話をしながら休憩室へ。
エナジードリンクを一気に流し込んだ孝輔さんはドカリと椅子に腰を下ろして天を仰いでいた。
だいぶお疲れの様だ。
その隣に座ってズズズとお茶を啜っていると孝輔さんからの視線を感じて…少し顔をずらせば案の定バッチリ目が合った。
「…どうかしました?」
「い、いや…どうもしないけどよ」
「?」
「…明日から3連休だろ?」
「はい」
「……ゆ、ゆっくり休まなきゃだよなぁ」
「?そうですね」
妙に歯切れの悪い孝輔さんに首を傾げる。
顔を正面に戻してもう一度お茶を啜って息を吐くと、今度は大きな声で名前を呼ばれた。
「苗字!!」
「え、は、はい」
隣にいる上にただでさえ大きい孝輔さんの声で耳がおかしくなりそうだ。
孝輔さんに視線を戻すとなんだかソワソワしながらこちらを見ている。
手元は指を遊ばせていてどうにも落ち着かない。
すると今度は急に姿勢を正して体が私の方に向いた。
「若松さん?」
「あ、あのよ!」
「はい」
「お、お前!連休って、よ、予定とかあんのか!?」
「え?」
「どっか、出掛ける予定とか、その、」
「予定…特に無いです」
「な、ない?」
「はい。のんびりダラダラしようと思ってたので」
「…ダラダラ…寂しいヤツだな」
「ちょ、余計なお世話ですよ!」
「や、違う!そうじゃなくて!そういう事じゃねえんだ」
「なんですかもう」
「だからよ…なんつうか…ひ、暇なら…お、俺と出掛けねえか?」
「……え?」
伏せていた目を孝輔さんに向けると揺れる瞳とかち合った。
出掛ける?
それってもしかして…
「お、お前の行きたい場所!どこでもいいから!あ、や、嫌なら断ったって…いや、断られんのは俺がキツイけど、あ、あー、そうじゃねえよ、だから、」
「孝輔さん」
「!」
「どこ、行きましょうか」
「へ」
「一緒に考えましょう」
「!?お、っおう!」
不器用な孝輔さんのお誘いになんだかちょっとほっこり嬉しくなって私は笑顔で答えた。
瞬間パッと表情が明るくなった孝輔さんを可愛いと思ってしまった事は黙っておく。
断る理由なんてない。
何故か一瞬過ぎった大輝の顔を打ち消す様に孝輔さんの笑顔で上書きした。

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