TORAMARU | ナノ

12

睡眠から意識が浮上しかけている中ぼんやりと考えていた。
体がポカポカあったかい。
でも重い。
それから苦しい。
何故かって。
寝苦しい原因はなんとなく否ほぼ確実に分かってはいるんだけど今完全に目を覚ましたら色々面倒な気がして、私は何も考えずに寝続ける事にした。
目を開けちゃいけない。
何も考えちゃいけない。
私のこの判断はきっと正解だ。


目が覚めたらワンルームには私一人だった。
隣はぽっかりスペースが空いていて、ど真ん中で寝たはずの私の位置はベッドの端だった。
何故か、なんて考えるだけ時間の無駄だ。
余計な事はさっさと忘れてしまおう。
体を起こして辺りを見渡して目に入ったのはアイツが脱ぎ散らかした部屋着。
「ちょっと。私に貸したヤツより新しいし綺麗じゃん!コッチ貸してよ馬鹿!」
一人文句を垂れ呆れ返った私は小さく溜息を吐いてからその部屋着を畳んでやった。
続いてローテーブルに置かれたものに目がいく。
家の鍵だった。
閉めて行けよって事だろう、そう思ったのだけれどただそれだけでは無かった。
その下には乱雑に破かれたメモ書きがあって…
「…何、『おまえ用』って。きったない字」
どうかしてる。
不用心な男だ。
知り合って間もない他人を家に上げた上に一人にして、挙句合鍵まで置いていくなんて。
本当に何考えてるのか分からない。
だけどなんだか悪い気はしなくて苦笑いを零した自分も大概だ。
身支度を済ませて部屋の鍵を閉めて…ハンカチに包んだ鍵をドアのポストに放り込んだ。
持ち帰る気はない。
外に出ればいつもと違った視界。
こんな時間に他人の家から出て行く自分が、なんだか酷く悪い事をしている気分になって溜息を吐いた。
行きはよいよい…一度通っただけの道を覚えられるはずもなくアプリを使って位置情報を確認。
入り組んだ住宅街だった為時間が掛かったけれど、直線距離では意外にも私の家とそう遠くない距離みたいだ。
辿り着いた最寄り駅は私がいつも利用している駅だった。


「おはようございます、若松さん」
「名前!っじゃない、苗字大丈夫か!」
「す、すみません。ご迷惑お掛けして。本当に大丈夫です」
「そうか。昨日電話で様子おかしかったから気になってよ」
「大丈夫ですよ、何ともないです」
何ともないなんて大嘘をよく吐けたものだ。
引き攣りそうになる笑顔をなんとか形にして孝輔さんと向き合う。
会社で私を名前で呼んだ事を気にして片手で謝って来るこの人に少しだけ罪悪感を感じた。
ギリギリだったけど一旦家に帰って着替えて来て良かったと内心ホッとしつつ、孝輔さんの後に続いてデスクに向かった。

仕事を終えて帰宅。
いつもよりずっと疲れた体をお風呂で解してリビングのソファに身体を預けているとメールを知らせる着信音が響いた。
『昨日の事は若松には内緒、やで』
今吉さんからのメールだった。
自分が送ろうと思っていた内容のメールだった事に愕然とした。
きっとまた色々分かった上で私の行動さえも読んでる。
やっぱりあの人は怖い。
『当然です』
可愛げのない返信をして一つ息を吐いた所で、今度はインターホンが鳴り響く。
やっとのんびりしようとしてたのに誰だ、と重い腰を上げてモニターを確認すると…
「げ、大輝」
早く出ろとばかりに大きく構える大輝の姿があった。
ホント態度でかいんだから。
一体何の用だというのだろう。
出来ればさっさとお帰り願いたい。
「…誰ですか」
『あ?オレだ、オレ』
「詐欺だ」
『はぁ?オレだっつの』
「…」
『開けろ』
「嫌」
『早く』
「嫌」
『さみぃ』
「知るか!」
『わざわざ忘れもん届けに来てやったってのに随分な扱いじゃねえか』
「…え?」
暫くの押し問答の末漏らされた言葉に、半信半疑ではありつつも私は大輝を通した。
2度目のインターホンが鳴ってドアを開けると、然も当たり前のように大輝は私の家に足を踏み入れる。
私まだ上がっていいなんて類の言葉一言も言ってない。
ちゃっかりソファに腰を下ろした大輝を睨み付けると、ソイツは私を上から下まで見てから失言を吐いた。
「相変わらず色気もへったくれもねえな。オレが貸してやったボロと変わんねえじゃねえか」
「!よ、余計なお世話だ!っていうかやっぱりボロって分かってて貸したな!最低男!」
「るせえなぁ…ほらコッチ来い。忘れもんだっつったろ」
「…何、私忘れ物なんてしてないと思うけど」
「ほら」
「…ああ」
向かいのソファに座った私に差し出されたのはハンカチ。
鍵を包む為に使ったものだ。
ちょっと皺になっている所をみると洗わずそのまま返却ってところだろう。
コイツが洗って返してくれるなんて微塵も期待してないけど、わざわざ返しに来たという事だけでも拍手ものかもしれない。
受け取ろうと手を出せば掌にぐっと押し付ける様にして渡された。
「ありがと……ん?」
妙な違和感を感じた私は畳まれたハンカチを開き、そこにあったものを見てポカンとした。
仕方ない事だと思う。
「…え?」
「え、じゃねえよ。だから、忘れもん」
「いや、ハンカチは私のだけどこれは」
「書いといただろ、おまえ用って」
「え、ちょっと、それ本気?」
「あ?これが嘘吐いてる顔に見えるかよ」
「え、顔?怖い」
「はぁ?お前腹立つな」
「だってなんで鍵なんか」
「どうだっていいだろそんな事」
「え!?良くないでしょ普通!なんで!?」
「うるせえよ、いいから持ってろ」
「えー納得いかないんですけど意味分かんないんですけど!」
返したはずの鍵が手元に戻って来た。
全く以て意味が分からない。
これを私が持つ事に何の意味があるのか。
ジト目を向けていると、逸らされていた鋭い目が私の目を捉えた。
思わず背筋が伸びてしまった。
「そんなに知りてえかよ」
「そ、そりゃあ…理由もなく家の鍵なんて受け取れないし」
「めんどくせえな」
「アンタがおかしいんだと思う」
「お前をオレのにする為」
「……ん?」
「お前はそのうちオレのもんになるからだ」
「…」
口を半開きにして眉を下げた今の私の顔はさぞ間抜け面をしている事だろう。
でもそうなるのも無理はない。
だって今コイツ、なんて言った?
私をコイツのにする?
私がそのうちコイツのものになる?
はい?
相変わらず鋭い目を逸らす事無くじっとこちらを見る大輝の顔は、当たり前の事を言ったまでだと言った表情をしている。
あまりの意味不明発言に私ももうお手上げだ。
そんな私にコイツは信じられない行動を起こした。
「意味が分かんねえなら教えてやるよ」
「え、別にいらないです」
「遠慮すんなって」
「え、何、なんでコッチ来るの」
「なんで?理由なんかカンタンだろ」
「!?」
只ならぬ危機を感じて立ち上がろうとする前に気付けば大輝がすぐ目の前にいた。
ソファに片膝を乗せ、背凭れに両手を着いて私を閉じ込める様にして見下ろす。
「お前が欲しくなった、そんだけだ」
「!?」
低く落とされた言葉は恐ろしく直球で、それは一瞬呼吸する事を忘れる程私を動揺させた。

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