TORAMARU | ナノ

10

「どういう事ですか今吉さん」
「すまんなぁ、名前ちゃん。そんな怖い顔せんとって」
「どういう事ですか今吉さん」
「あかん、2回言われた、めっちゃ怒っとる」
私は平日の昼間である今現在、今吉さんのお店に居る。
普通に仕事の時間だ。
急遽早退させて貰って出て来た理由は昼休みに掛かってきた今吉さんからの電話だった。


『名前ちゃん!頼む!すぐ来てくれっ』
『え、い、今吉さん?ですよね?』
『そうや!ええから今すぐ来てくれ!』
『え!何かあったんですか!?』
『大変な事になってもうたんや!頼む!ワシを助けると思って来てくれ!』
『え、ちょ、あっ!切れた…』
その後折り返しても圏外で繋がらず、相談しようと思った孝輔さんも生憎今は応接室で大事なお客様とお話し中。
いつも憮然と落ち着き払っている今吉さんのあんな焦った声は聞いた事が無かった。
一体何があったんだろう。
心配で仕方なくなった私は身内の急病だと理由を作ってなんとか早退して来たわけだが…
今思えばあの今吉さんが私に助けを求めて来るなんて有り得ない事だ。
冷静に考えれば分かる事なのに。
それでも切羽詰まったあんな声を聞いてしまったら、きっと誰だって信じてしまうだろう。


「どういう事ですか今吉さん!」
「とりあえずそこの大ちゃん介抱したってや」
「なんで私が!」
「見ての通りワシ今店忙しゅうて構ってやれへんし」
「だからってなんで私!?仕事だったんですよ!?」
「頼むわ名前ちゃん」
「うっ」
…そんな顔で見ないで欲しい。
思わず言葉に詰まってしまった。
お店の奥で伸びていたのは大輝だった。
きっとまた飲んで酔い潰れたのだろう。
絶対演技だって分かってるはずの今吉さんの申し訳なさそうな顔に、分かってるのに絆されてしまった私はどうせ早退してしまったのだからとゆっくり大輝に歩み寄った。
店内はかなり混み合っていてほぼ満席。
お店の奥とはいえお座敷の一角を占領する巨体は邪魔以外何物でも無い。
これは早く退かさなければとバシッとおデコを叩いた。
「…」
「…起きない、だと!」
叩かれたおデコをボリッと一掻きして何事も無かったかのように寝続けている。
それを見た周りのお客さんが笑った。
「お姉さん、大変だな」
「これ彼氏?こんなデカイんじゃ運べないよなぁ」
「かっ、彼氏じゃありません!」
冷やかされてカッと顔が熱くなる。
こ、こんなのが彼氏のわけないでしょうが!
一刻も早くここを脱出しなければとバシバシ顔を引っ叩いているとついに薄っすらとその目が開いた。
「…ん?」
「あ、起き、たっ!?」
「「「おお!」」」
ドッと周りでどよめきと笑いが上がる。
突然伸びて来た手に引っ張られた私が大輝の上に乗っかる形で抱き締められていたからだ。
有り得ない!
羞恥で顔も上げられない。
巨体から響いて来る安定した心臓の音が私のイライラを増幅させた。
「おーい、大チャン。そろそろ起きたれや〜」
カウンターから今吉さんの間延びした声が聞こえる。
でも一瞬モゾッと動いたけれど起き上がる様子はない。
「大チャーン、大輝くーん。居らへんの?ほんなら、あお」
「起きたぞコラぁああ!」
「ええ!」
「おお、おはようさん」
今吉さんの声を遮る様に大輝が大声を出して飛び起きた。
当然私も一緒に身体が起き上がりペタリと畳に座り込めば、目の前にはコイツのゴツゴツした鎖骨辺り。
ふわっとこの前と同じ香水の匂いがした。
身を引こうとしたけれど武骨な手が腰に回っていて動けない。
「ちょっと、そろそろ離れてよ」
「今吉サン、昨日の分ツケといてくれ」
「え!無視!?」
「おお、いつでもええで」
「悪い」
「ねえ無視!?」
「気ぃつけて仲良う帰り?」
「な!」
「ごっそうさん」
今吉さんはニッコリ笑顔を私に向けてもう話は済んだとばかりに調理に取り掛かる。
人を呼び出しておいてなんだこれは。
仲良く帰れって、私は、
呆然とする私の腕を大輝が引っ張った。
「帰んぞ」
「え」
そのまま私は連行された。



「ねえ、どこ行くの」
「さあな」
「は!?ちょっと、私帰る」
「どうせ暇なんだからまだいいだろ…あー、頭いてえ」
「暇じゃないから!もう!絶対今吉さんの言葉なんか信じない!」
「あ?あの人腹黒いけど言う事に嘘はねえぞ?」
「……私確実に騙されたと思うんだけど」
「いつまでも文句言ってんなよ」
「ちなみに元凶はアンタだからね」
腕を掴まれたまま行き先も決めずにただ歩く。
相変わらず何を考えてるのかさっぱり分からない。
睨む様に大輝の後頭部を見ながら腕を引かれていると…
ぐう
「!」
「お」
お腹が結構な音で空腹を訴えた。
顔半分振り返った大輝と目が合う。
恥ずかしい…顔が熱くなってきた。
私はコイツのせいでお昼ご飯を食べ損ねた事をすっかり忘れていた。
これは馬鹿にされて笑われると身構えたけれど意外にもそんな事はなく、大輝は急に立ち止まって辺りを見渡した。
そして顎をしゃくって私を見た。
「ん、あそこで弁当買えよ」
「え?」
「弁当。腹減ってんだろ?」
「そ、そうだけど」
「いいから買って来い。あ、俺はいらねーから。今食ったら全部吐く」
「…別に聞いてないし」
「ほら、行け」
「…」
流されるままに足を進め私はお弁当を買った。
そしてアイツが待つ場所に戻るとまた当然の様に腕を掴まれて歩き出す。
なんだかもう何を聞いても無駄な様な気がしてきて、私はそのまま黙って大輝の後を着いて行った。
お腹空き過ぎて脳が働かないだけだ、なんて自分にちょっと言い訳してみたりして。
暫く歩くと閑静な住宅街に入った。
何度も曲がって同じ様な道を歩いて来て、最早ここが何処かなんて私にはさっぱりだ。
歩みを止めた大輝に続いて私も足を止める。
どこにでもある一般的なアパートの前だった。
「…ここ、家?」
「おー」
「何階?」
「2階」
「…高田、吉岡、小関、」
「あー、残念だな。そこに俺の名前はねえぞ」
「…」
ポストに書かれた苗字にコイツのものはなかった。
あくまで苗字を隠し通すつもりらしい。
階段を上がって部屋の前に立って確認したけれど表札も無記名だった。
「ん」
「…」
「入れよ」
「…お邪魔します」
どうしてこうなったとかもう考えるのは止めた。
さっさと空腹を満たしてしまおう。
ちょっと広めのワンルーム。
お世辞にも綺麗だなんて言えない『男』の家という感じだ。
私は促されるまま部屋に入ると、ローテーブルにお弁当を置いて勝手にうがい手洗いを済ませて腰を下ろした。
人の家を聞きもしないで勝手に動き回るなんて普通に考えたら図々しいかもしれないけどこの男に比べたら可愛いものだ。
案の定私の行動を全く気にしなかった大輝は、上着を脱いで放り捨てるとベッドに身を投げた。
「ちょっと寝るわ」
「え」
「弁当食って適当にしてろよ」
「え、適当にって」
「あー、飲みもん勝手に探して飲め…多分水しかねえけど」
「…」
すぐに寝息が聞こえてきた。
本当に勝手なヤツ。
飲み物自分で出せって、しかも水しかないって…だいたいお弁当くらい奢ってくれても良かったんじゃないのケチ!
ていうか客人ほっといて寝る!?
言いたい事は山ほどあったけれど、空腹も限界のお腹が悲鳴を上げたので仕方なく押し黙る。
大して知り合いでもないのに、コイツの自分勝手さとか強引さにはもうきっと何を言っても無駄だろうと納得してしまう自分が悲しい。
既に始まっていた大輝のイビキをBGMに遅いランチタイムの始まりだ。

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