TORAMARU | ナノ



私は自宅の玄関を開けるのを止め、通路から階下を見下ろした。
ちょうど『大輝』がマンションに沿う道を歩いているのが見えた。
さっきのエントランスでの事を思い出してみる。
元々わけの分かんないヤツだったけど益々分からなくなった。


『今日はもう部屋出んじゃねえぞ?まあ、今日に限らず女1人でこんな時間に出歩くのはバカのする事だけどな』
『…』
『貧乳だって今日みたいに獲物んなんだからよ』
『!……まあ…とりあえず、助けてくれて…ありがと』
『随分しおらしいじゃねえか。よっぽど怖かったかよ』
『私が怖がってたのはアンタの足音だったけどね』
『ックク…まあ気を付けろよ。いつもオレが通り掛かるとは限んねえからな』
『……ねえ』
『あ?』
『アンタ、いつも何してる人?』
『はあ?』
『この辺に住んでるの?』
『なんだよ、逆ナンされんのは趣味じゃねえぞ?』
『してないわっ!何者かって事!今吉さんも若松さんも知ってる風なのに何も教えてくれないし』
『別に知らなくていい事だろ』
『気になるでしょ!やけに会うし!』
『おら、もう夜中なんだからさっさと帰れよ、近所迷惑だろうが』
『あ!誤魔化した!』
『じゃあな』
『あ、ちょっ』


結局何も分からないまま。
はぐらかされた。
しかしいちいち癇に障るヤツだ。
逆ナンじゃないし!
普通気になるっていうの!
思い出してまた腹が立って来て、歩くアイツの背中に向かってイーッと子供染みた事をしてみる。
「!?」
突然振り向いた『大輝』とバッチリ目が合ってしまった。
そして…
「(バ、ァ、カ)」
「なッ!」
口パクでまた私を馬鹿にした失礼男に口許を引き攣らせ、フンと顔を逸らして背を向け玄関を開けた。
ほんっと失礼なヤツ!!


ある日の夜、私は若松さんを飲みに誘った。
すんなりとOKして居酒屋にやって来たけれど、私の剣幕に若松さんは口元を引き攣らせていた。
「若松さん」
「おう…ってなんだよ。お前最近よくイライラしてるし顔酷いぞ」
「若松さんまで私を馬鹿にするんですか」
「してねえだろ。どうしたんだよ」
「若松さん」
「な、なんだ」
「大輝って何者ですか」
「は」
私は若松さんに真面目な顔で話を持ち掛けた。
ずっと引っ掛かっているモヤモヤを取り除くべく一番手っ取り早い方法をとる。
若松さんには悪いけど今日は洗い浚い吐いて貰う予定だ。
なんなら泥酔させて口滑らせてやる、なんて悪い事を考えたりもしている。
それくらい早くなんとかしたいのだ。
どうでもいいけど顔酷いって…私そんな顔に出てた?
「だから、大輝が何してる人かって事ですよ。いい加減教えてくれてもいいじゃないですか」
「お前、大輝って」
「え?名前大輝って言ってましたよ?まあそれがホントかも分かりませんけどね!」
「名乗ったのか…苗字は?」
「知りませんよ、大輝って事しか。それより若松さんが知ってる事全部教えてください」
「い、いや…俺は何も、」
「知ってるんですよね?今吉さんもそうですけど、なんなんですかホント」
「そんな怒るなよ」
「怒ってないですちょっと否かなりモヤっとしてるだけです」
「…いや、あんま変わらねえよ」
チラリと若松さんが私を見て来た。
ジト目を向ければそろりと視線を外された。
今吉さんに聞くよりも若松さんに聞いた方が絶対に早いはず。
そう思ったけれど、私は若松さんの義理堅さを侮っていたかもしれない。
簡単に口を割ってはくれなかった。
それから若松さんとはもう長く一緒に仕事をしているけれど、私は彼の事を何も分かっていなかったかもしれない。

「ほら、飲め」
「飲んでますよ」
「…なあ、苗字」
「なんですか」
「お前さ…会社で男から結構人気あるって知ってたか?」
「…誰が?」
「お前だよ」
「私が?まさか」
「まあそいつら皆地味な残念ズなヤツらだけど」
「…なんなんですか、何が言いたいんですか」
「でも皆気持ちはいいヤツらだしよ」
「軽くスルーしましたね」
「そういうヤツらから好かれるって、やっぱお前いいヤツなんだよな。仕事も出来るし」
「…」
「あ?なんだよ、急に黙って」
「ほ、褒めたって…何も出ませんよ」
「何も出せなんて言ってねえよ」
「もう」
「あー、でも…」
続く言葉を待っていたけれど聞こえては来ない。
不思議に思って隣に目を向けると、若松さんは私の方に身体を向けてこちらをじっと見ていた。
なんだか落ち着かない。
「苗字」
「は、はい」
「名前、」
「!?」
「名前って、呼んでもいいか?勿論職場以外でっ」
「へ、は、べ、別に…構いません、けど」
「そ、そうか!」
「…」
「いや、なんつうか!今吉さんも名前で呼んでるし、アイツに至っては呼び捨てだろ?あの中で誰より俺がお前と長い付き合いなのに俺だけ苗字呼びとか…べ、別にそのままでも良かったけどアイツなんか腹立つし、いや全然良くねえよ、俺だってお前の事ずっと名前で呼びてえって、あ、え…」
「…」
「はぁ!?」
「ええ!?」
爆発した様に赤くなった若松さん。
自分で言った事に驚きこれでもかと目を見開いている。
そんなのこっちだって同じだ。
それでもって恥ずかし過ぎる!
『大輝』の事を聞き出すはずが、なんだかとんだ先制パンチを食らってしまった気分だ。
カウンター席で向き合ったまま真っ赤になっている私たちはさぞ滑稽だろう。
お酒を作っていた店員さんがクスリと笑ったのがやけに鮮明に聞こえる。
気を利かせてくれたのか、私たちの目の前にはお冷が2つ差し出された。
「あ、ありがとうございます」
「いやぁ…いいですね、なんか。どうぞごゆっくり」
「「!」」
笑顔でそう言われて私たちはまた目を見合わせた。
そしてお互いの顔の酷さに笑いが漏れて、ちょっとだけいつもの感じに戻れた気がした。
「名前」
「なんですか若松さん」
「飲もうぜ」
「そうですね。でも水ですか?お酒ですか?」
「まあとりあえず水だな」
「っふふ、そうですね…孝輔さん」
「ッブフーッ!!!」
「うわッ、汚っ!」
「おまっ、お前がいきなりっ」
「いいじゃないですか、お相子ですよ?」
「お相子って…威力違い過ぎんだろ」
耳まで赤くして頭をボリボリと掻く孝輔さんを、年下後輩の身分で失礼とは思いながらも可愛いと思ってしまった。
ずっと思っていたけど間違いない、この人は本当に硬派で純粋な人だ。
『大輝』の事を聞く気で意気込んで来たけれど完全に毒気を抜かれてしまった様だ。
何も解決はしていないけどモヤモヤが少しだけ解消された気がして、ちょっとだけ孝輔さんに感謝した。

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