100万打記念シリーズ | ナノ

20歳の小旅行

「温泉ひゃっほー!」
「くあー、ねみ」
「ちょっと大輝!」
「ねみいもんはねみいんだからしょうがねえだろ」
「電車でいっぱい寝たでしょ!?」
「オレは疲れてんだよ」
「せっかくの旅行なんだからもっとやる気出して!」
「お前がテンション高過ぎなんだよバーカ」
「ふん!今日はそんな事言われたくらいじゃ怒らないのだ!」
「…あっそ」
温度差があり過ぎる程ある私たちは今、2人で初めての温泉旅行に来ている。
って言っても電車で2時間もかからない近場だ。
1泊しか出来ないからと近場を選んだ。
でもそれで十分。
私は大輝と一緒に居られるならどこだっていいんだから。
こんな事本人には絶対絶対言ってやらないけど。

欠伸ばかりしている大輝の腕を引いて温泉街を歩いた。
ずらりとお土産屋さんが並んでいてそれだけで更にテンションが上がる。
寒い寒いと大きな背を丸めて文句ばかり言う大輝の口に、今買ったばかりの大きなお饅頭を突っ込んだ。
『何すんだ』とかまた文句を垂れたけど、結局口をモグモグさせて完食した大輝は『もっと寄越せ』と言って私の食べ掛けのお饅頭を一齧りした。
美味しいなら素直にそう言えばいいのに。
不意に大輝が私に近付き更にもう一度顔を寄せた。
なんだ、もっと食べたいんじゃん…なんて思ってそっちに顔を向けた私の唇に、大輝のそれが重なる。
「!?」
「…ん、ごちそーさん」
「は!?」
顔を離す間際に唇をペロリと舐められた。
私を置いてさっさと歩いて行ってしまう大輝。
追い掛ける事も忘れて私の顔はみるみるうちに熱を持った。
お土産屋さんのおばちゃんが『あらまあ、可愛らしい』とか言うものだから羞恥にやっと体が動いて、相変わらず背を丸めて歩く大輝の後を慌てて追い掛けた。
あの馬鹿のせいで足が縺れて転びそうだ。
「ッ馬鹿!は、は、恥ずかしいでしょ!」
「饅頭のカス舐めてやっただけだろ」
「食べカスなんか着いてないし!」
「うるせーなぁ…今日は怒らねえんじゃなかったのか?」
「あんな事するから!」
「あんまうるせえともう一回やんぞ」
「!」
「っぶは!黙ってやんの」
「うう」
大輝の大きな手が私の手を掴んで上着のポケットにしまわれた。
冷たい手が大輝の熱を吸ってジンジンと熱くなる。
私を見下ろす大輝の目がいつもの意地悪じゃなくてなんだか優しく見えて、熱い顔が更に熱を持った気がした。


旅館に着いた私たちは早速浴衣に着替えてこの旅館オススメの名湯に向かった。
大輝のヤツ…だらしなく着崩してるだけのくせにかっこいいとか狡い。
着替え終えた私の帯の端を持って引っ張ろうとした大輝の手の甲を抓ってやった。
カランコロンと下駄を鳴らして露天風呂に到着。
暖簾にはでかでかと『男湯』『女湯』と書かれている。
大輝の眉間に皺が寄った。
「んだコレ、ふざけてんのか?」
「何言ってるの。ほら、男はソッチ」
「はぁ?露天風呂っつったら混浴に決まってんだろうが」
「決まってはないと思うけど?」
「決まってんだよ。くそ、文句言って来る…っておい待て名前」
「お先〜!」
背中で舌打ちが聞こえたけど無視だ。
脱衣所に滑り込むと私以外に人は居なくて貸し切り状態だった。
どうやら男湯もそうだったらしく、なんだかんだと先に外に出ていた大輝の声が上から響いた。
「名前、暇」
「っぷ!暇じゃないでしょ、温泉気持ちいいでしょ?」
「1人で入って何が楽しいんだよ」
「いいじゃんホラ、声も聞こえるし」
「良くねえよ。くっそ、外出て混浴でも探すか」
「えーそんなに一緒に入りたいの?」
「巨乳のねーちゃんガン見するに決まってんだろ」
「…最低」
馬鹿大輝の変態発言に楽しい気分もガタ落ちだ。
暫く黙って温泉に浸かっていると、男湯からザバッと音がして『先出んぞ』と声が響いた。
つまらないとすぐコレだ。
呆れ半分、大輝らしいと笑い半分。
本当はこの旅館には混浴がある。
と言ってもそれは夜の10時からで、夕方の今の時間には解放されないのだ。
黙っていてびっくりさせようと思っていたけどちょっと機嫌を損ね過ぎちゃったかなと思ってみたり。
それから暫く経って部屋に戻ると、大輝はこちらに背を向けて不貞寝していた。
畳に直に寝ているので風邪でもひいたら大変だ。
私は女中さんが敷いてくれるはずのお布団を引っ張り出して寝ている大輝の脇に広げた。
「大輝、お布団に転がりなよ」
「…」
「何?不貞寝?……あれ…本当に寝てるの?」
「…」
返事のない背中に歩み寄り覗き込む。
閉じていた目がゆっくりと開いて気怠げな瞳が現れた。
「あ、ホントに寝てッ!?うわ!」
急にぐるっとこっちを向いて起き上がった大輝が私を思いっ切り突き飛ばした。
見事に引っ繰り返ってボフッとふかふかの掛布団に埋まってもがいていると、直ぐにその上に大輝が覆い被さる。
気怠い目が私を捉えた。
「!」
「おせえ」
「っだ、大輝が早過ぎるんだよ」
「待たせんじゃねえよ」
「寝てたじゃん!」
「お前がおせえからだ」
「ちょっと、退いて」
「無理」
「ほら、もうすぐ夕飯の時間」
「飯の前にお前」
「!?」
どんでもない発言を投下して一気に大輝の顔が近付いた。
圧し掛かる巨体を押し退けようと手を前に押し出したけど、やっぱり止めて大輝の浴衣を掴みそっと目を閉じる。
唇が触れるすれすれで大輝が動きを止めた。
不思議に思って目を開ければ至近距離で視線が絡む。
「…?」
「んだよ今の」
「ん?」
「誘ってんのか?」
「え、何、」
「…今日寝れると思うなよ」
「…はぁ!?ッん」
大輝のカサついた唇が今度こそ引っ付いた。
今度は離してくれそうにない。
これから夕飯も露天風呂も待ってる。
まだまだ夜は長そうだ。

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