ネコさまはカレである | ナノ



まずい。
まずい、まずいよね?
うん、まずいって。
早足で歩く私の少し後ろ、一定の距離を保って着いてくるのは…ストーカーでも変質者でもない…
猫だ。
「…もう家には入れないよ?」
話し掛けたって仕方ないんだけど、振り向いてつい声に出してしまう。
「みゃー」
なんて事か、たった一度の餌付けに成功してしまったみたいだ。
『今日もご飯くれるんだよね?』的な視線を送ってくる猫に溜息を漏らす。
歩く速度を速めて無事寮に到着すると、やはり猫もしっかり着いてきていた。
エントランスのガラス戸を素早く開け閉めして中に入ったけれど、どうしても気になって振り返ってしまう。
猫はウロウロしながらも木に隠れるようにしてこっちの様子を窺っていた。
もう!丸見えだし!
可愛すぎて今すぐ抱きしめに行きたい衝動をなんとか抑えて部屋に向かった。




「どうしたの?名前」
「え?」
「最近溜息多いんだけど」
「え、そう?」
「うん。もしや恋煩い!?」
「…あー、まあ、そうかもね」
「やっぱりねーっ…て、マジ!?」
「声大きいって」
「えっ!誰!相手誰!?」
「あーうるさいうるさい!」
昼休みの教室に親友の名前のよく通る声が響いて、それを間近で聞いた私の鼓膜のダメージはなかなかに大きい。
いつもの親友の名前の恋バナ好きに悪のりし過ぎたなと、冗談だと声を出そうとした所に別の声が掛かる。
「苗字さん、好きな人、いるんですか?」
「ほぉー、そらええ事聞いたなあ」
「ああっ!スイマセン!盗み聞きするつもりじゃなかったんです!」
「今吉先輩っ!と桜井くん」
「今日も元気やなあ、親友の苗字」
桜井くんだけなら良かったのに今吉先輩までいるなんて。
大喜びの親友の名前とは逆にどうしたものかと焦る私。
ただ気になる猫がいるって話を進めたかっただけなのに、勘の鋭い今吉先輩がいるとなると別だ。
私と同じく寮住まいの今吉先輩に余計な事を聞かれては困る。
あれ以来部屋には入れてないとはいえ、猫は未だに私の後を着いてきて寮の周りをうろうろしている。
ここであの子の話を出して、もし寮付近で見られて私が猫を手懐けていると勘違いされてしまったら大変だ。
猫を保健所に連れて行かれるか、私が退寮処分になるか…
「誰とは聞かへんから安心しい」
「!」
「ただ最近苗字にも世話んなっとるしなあ。ワシの知り合いなら協力は惜しまんで?」
「あ、あはは!全っ然大丈夫です、全っ然!」
「ちょっと名前!今吉先輩の厚意を無駄にする気!?」
「もう黙ってて親友の名前」
怖い怖い怖い。
仮に誰かを好きになったとしても今吉先輩の協力というのはなんだか非常に怖い。
ちょっと失礼かもしれないけど、今吉先輩に色々聞かれるより親友の名前にキャンキャン喚かれる方がずっといい。
食い下がって来たらどうしようと考えていると、青峰くんに用があったらしい今吉先輩はあっさり彼の方に行ってしまった。
…ひとまず安心。
出来ればもうこの話は綺麗さっぱり流して貰いたい。

とりあえず話さなければ納得しないであろう親友の名前にだけは猫の話をしておく事にした。
予想通り、恋じゃないのかと心底ガッカリされた。
なにこれ、私が悪いことしたみたいじゃないか。
どんだけ私に恋させたいの、ほっといて。






「もう二週間だよ?キミ」
猫に向かって一言二言溢すのは既に日課になっていた。
最近では寮の辺りに住み着いているのか、学校から帰ってくる私をお出迎えしてくれたりする。
朝は見掛けた事がないから何処かでちゃんと寝てはいるのかもしれない。
「みゃ」
「…」
「みゃー」
「…いやいやいや」
「みゃああああ」
「ダメダメ」
「…みゃー」
「うっ!あざといっ!」
全然猫なで声じゃないのに愛嬌だってないのにめちゃくちゃ可愛く見えてしまう不思議!
ダメだダメだと頭ではしっかり理解しているのに、体は勝手に身を屈めて猫と同じ視点に。
するとキョロキョロ辺りを見回しながら猫はこっちに近付いてきた。
「みゃー」
「…あんまり鳴かないでね?って言っても無理かもしれないけど」
「みゃ」
「はぁ」
もう根負けだ。
この間のエコバッグを地面に広げると、まるで飼い猫みたいに当たり前のようにその中に潜り込んできた。
たまらん。
だいたいいつもこの時間に帰宅する寮生は少ない。
今吉先輩も諏佐先輩も残って自主練していたし、今ここで鉢合わせる事もまずないだろう。
とりあえず誰にも見られていない事を確認して、エコバッグを抱えて寮に入った。





「ツリメ」
「みゃ」
「お前、今日からツリメね」
「みゃー」
毎日顔を合わせながらなんとなく考えていた名前を呼んでみる。
ツリメは小さく返事をして、特に気にすることなく人のベッドの上で伸びをしていた。
つり目な猫だから『ツリメ』だなんて安直過ぎるかなと思ったけど、まあ返事してくれたし(思い込み)いいかと一人納得だ。
報告の為写真を撮って親友の名前に送信。
『命名、ツリメ。可愛かろ?』
『ぶっ細工な猫!』
『辛辣!』
『ま、大事にしなね。バレないように』
『協力お願いしゃす』
『おけ。しっかしぶっ細工な』
『コノヤロウ』
『ごみん』
失礼極まりないLINEを終えてスマホを放り投げ、ベッドに仰向けに寝転んだ。

「ツリメー」
「みゃ」
名付けたばかりなのに呼べば来てくれるんだから不思議だ。
そのままツリメを抱き締めて丸くなれば一気に眠気が押し寄せて、あっという間に私は意識を手放した。








「…ん?あれ、ツリメ?」
アラームなしで目が覚めた。
遠くでカリカリと小さな物音がすると思っていたら、ツリメが窓を爪で掻いていた。
外に出たいらしい。
「もしかして、日中は別のお家があるの?贅沢だね」
窓を開けてやると勢いよく飛び出した。
また夕方来てくれるのかな。
ちょっとの寂しさを感じながらツリメとは暫しのお別れだ。
こっちを振り返りながら遠ざかっていくツリメを見送って、ちょっと早いけど学校に行く準備を始めた。






いつもより30分早く登校しただけで、校内の雰囲気は全然違う風に感じられた。
ほとんど人もいないし、朝陽が入り込んでキラキラしてる廊下や教室はなんだか絵に描いたみたいに綺麗だ。
そろそろクラスに到着というところ、誰もいないと思っていたけど先客がいたようで、教室のドアが開いていた。
そういえばうちのクラスはいつも誰が一番に来てるんだろう。
「おはよう」
静かな教室に小さく挨拶をして足を踏み入れた私は、そこにいた人物を確認して思わず足を止めてしまった。

まさかの青峰くんである。

机に伏せていた顔がゆっくり持ち上がって、虚ろな目が私を捉える。
うわ、ものすごく眠そうだ。
起こしちゃって悪かったな。
そんな事を考えていたら、眠そうな目が突然大きく見開いた。
「!」
「ごめん、起こしちゃって」
「は、…っ別に」
「静かにしてるから寝てていいよ」
「お、おう」
「?」
どうにも歯切れの悪い青峰くんに首を傾げる。
悪い夢でも見たのか、具合が悪いのか、よく分からないけど気まずくなってさっさと自分の席に着くことにした。
その途中、
「苗字」
ボソリと小さく聞こえたのは私の名前だ。
視線を戻すと、さっきより目が覚めた様子の青峰くんが私を見ていた。
ますます私の脳内は『?』だ。
「どしたの?具合悪い?」
「…いや」
寝起きとはいえ顔色がいいとは言えない。
元々そんなに会話もしないしあまりおしゃべりな人でもなさそうだけど、そういえば最近更に口数も少なくて元気もなさそうだなとも思っていた。
人の名前を呼んでおいて黙ってしまった青峰くん。
ただ呼んだなんてことするような仲でもないし、なんなのか気になって仕方ないんだけど。
進行方向を変えて青峰くんに向き直ると、彼は大袈裟に肩を揺らした。
おお、ますますわけが分からない。
「熱?頭痛?睡眠不足?」
「な、なんでもねえよ」
「なんでもないわけないよ。なんかおかしいし」
「別にフツーだし」
「えー、じゃあなんで呼んだの」
「だ、だからなんでもねえって」
「うーん」
話しているうちに青峰くんの元に到着。
到着したところで何を話すかも考えてなかったけど、とりあえずポケットに手を突っ込んで見付けたものを取り出してみた。
ブルーベリーのキャンディだ。
「あげる」
「は?」
文句を言われたり突っ返されたりする前に、今度こそ自分の席に向かった。
席に着いてこっそり青峰くんの方を覗き見ると、キャンディを無事ポケットに突っ込んでくれた。
なんだかその姿がちょっとだけ可愛く見えてしまって思わずクスリと笑いを漏らせば、遠くから小さく舌打ちが聞こえた。
ガタンと音を立てて机に伸びてまた寝始めた青峰くん、次に登校する子が来るまでもう起こさないように気を付けようと決めた。

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