ネコさまはカレである | ナノ



どこからともなく猫の鳴き声が聞こえる事に気付いたのは、親友の名前と分かれて一人になって歩く部活(仮)の帰り道だった。


「みゃーっ!みゃーっ!」
明らかに普通ではない様子の鳴き声に、慎重に周辺を見渡しながら歩く。
私の聞き間違えでなければ、これはきっとあの猫だ。
もう運命すら感じてしまって、気付けば私は必死になってその声の発信源を探し回っていた。




「いたっ!」
やっと見付けた時には辺りは真っ暗になっていた。
猫がいたのはマンションのごみ捨て場と塀の間。
僅か数センチの隙間にハマってしまって出られなくなっていた。
人通りも少ないし、この辺りのマンションは防音がしっかりしてるって聞いた事があったし、これだけ鳴いてもきっと誰にも気付いて貰えなかったんだろう。
塀を歩いている時に落ちてしまったのか何かを見付けて取ろうとしたのか原因は分からないけど、抜け出す時に一番狭まっている場所に頭がぴったり収まってしまったみたいだ。
そこから上にも下にも横にも動けずの状態。
ボックス型のごみ捨てで良かった。
これなら私でも少しならずらせそうだ。
だんだんと弱っていた声はいつの間にか聞こえなくなっていて、もうそろそろ猫の体力も限界みたい。
急がなければ。
ちょっとお行儀が悪いけど、塀に足をついてボックスの角を掴み、思いっきり力を入れて引っ張った。
ズズッと鈍い音を立ててボックスが動く。
同時に、声もなく猫が飛び出した。
「良かった!」
ホッとしたのも束の間、相当衰弱しているのか猫はその場に伏せて動く気配がない。
慌てて近寄ると、力なく『みゃー』と鳴いて目を伏せてしまった。
「え!嘘!だ、大丈夫!?」
猫に話し掛けたって返事が返ってくるわけもないのに思わず大声が出てしまう。
これは緊急事態なのでは!?と更に焦って抱き上げようと手を差し出すと、お手くらいの力でいつもの猫パンチが繰り出された。
そのまま構わず抱き上げると、暴れるかなと思ったけど大人しく腕の中に納まってくれた。
「どうしようか…どうしようか……もう……仕方ないよね?」
誰に了承を得られるでもなく、自身で納得して歩き出す。
この子の体力が回復するまで。
そう決めて、ペット禁止の寮にこっそり連れ帰る事にした。




ちょっと可哀想だけど誰かに見付かったら大変な事になるので、猫をタオルに包んでエコバッグの中に入れ、まるで買い物の帰りです〜な風を装って寮に入った。
部屋に着いてすぐバッグの中身を見ると、揺れが心地良かったのか猫は寝息を立てていた。
今取り出したら起きてしまいそう。
そのままそっとベッドの上に乗せてみれば起きる様子もなく、ホッと息をつく。
途中で買ってきた猫用フードをテーブルに置いて、寝ているうちにと足早にお風呂に向かった。



「みゃあ」
「しーっ!お願い!」
小さな声だったけれど、夜の静かな寮に響いてしまっては困る。
慌ててごはんを目の前に出すと、鳴くのも忘れて勢いよく食べ始めた。
「えー、結構元気じゃないですかー」
ガツガツと食べ続ける猫を見て、あんなに心配したのに…と項垂れる。
どうやらお腹が空いて力が出なかっただけのようだ。
髪の水分をタオルで拭き取りながら、こんな場所にいるはずのない生き物を見つめる。
私の視線に気付いたのか一瞬こっちを見たけれど、すぐにまた食べ始めた。
「明日、バイバイするからね」
それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。
今日は仕方なかったとして、これからずっと飼ってあげる事は出来ないのだから。
「みゃ」
「しーっ」
通じるはずもないゼスチャーを示して猫を宥める。
ごはんを綺麗に食べ終えて、目を細め満足そうにして口の回りを舌でペロリ。
「…おいで」
寄ってくるなんて少しも思ってないけど、そっと手を出して呟いてみる。
だけど…
「!」
気紛れなのかなんなのかゴロゴロと喉を鳴らして手に擦り寄り、更には私の足に添う様にして体を落ち着けたのだ。
今私の顔は全力でニヤけている。
気持ち悪いくらいに。
だって可愛すぎる。
ごはんで手懐けた感は否めないけど、あの猫がこんなに大人しくしてるなんて。
明日この子を手離す事に罪悪感を覚えながらも、今回のは仕方なかったんだと自分に言い聞かせる。
そのまままた寝てしまった猫をタオルで包んであげて、自分もベッドに入った。





「えっ!何!?はっや!!!」
翌朝、換気の為に開けた窓から猫が外に飛び出した。
あまりの素早さに呆気に取られていると、綺麗に芝に着地してこっちを振り返る。
じっと数秒見つめた後、あっさり走って行ってしまった。
「…くそう」
昨日の恩を忘れたか!
なんて心の中で叫んで大きく息を吐く。
まあ猫は気紛れっていうし、仕方ないか。
昨日の罪悪感は綺麗さっぱりなくなったもんね。
猫が去って行った方を見つめればちょっと寂しさを感じたけれど、またすぐにその辺で会えるからと気持ちを切り替える。

さ、準備しないと。
今日も騒がしい親友と登校だ。
一度伸びをしてから、大きく深呼吸した。

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