ネコさまはカレである | ナノ



「以上です。解散してください」
「あざーっした!」

原澤先生の丁寧でおっとりした声と部員たちの歯切れの良い大きな声が体育館に響き渡って、思わずほうっと息を吐く。
運動不足の体には思ったより堪えたのか慣れない環境で精神的に疲れたのか、よく分からない倦怠感が私を襲っていた。
隣の親友の名前もさすがに疲れたみたいで愛しの今吉先輩に向かって飛んでいく事もない。
「桃井さんって、すっごいねえ」
ポツリと漏れたのは親友の名前の心からの言葉だろう。
うん、私もそう思う。
解散となってからもテキパキと動き回っていて、未だ動き出せない私たちとは大違いだ。
「もう!青峰くんってば」
桃井さんは頬を膨らませて、既に帰ってしまった青峰くんには届かない愚痴を溢している。
試合途中でベンチに下がった青峰くん…あ、ファウルが多かったからとか退場とかそういうのじゃなく圧倒的点差を作り出して、早々にそのお仕事終了となったんだけど、その後は試合終了を待たずにさっさと帰ってしまったのだ。
でも原澤先生も今吉先輩も特にお説教もせず試合の続きに集中していて、若松先輩だけは額に青筋を立てて『青峰ぇ!!』と怒鳴り付けていた。
勿論それに青峰くんが答えることはない。
何も悪いことなんかしてない桜井くんが謝りまくっている図はどうやら恒例みたいだ。
それが効果的だったのかは分からないけど若松先輩も渋い顔になって舌打ちをしてやっと怒りを鎮めてくれた。
それにしてもやっぱり青峰くんってすごいんだ。
私は素人だから何がどうすごいかなんて上手な言葉で説明できないけど、とにかくこう、シュシュッてやってトウッてやってバーンって決まっちゃう、そんな感じ。
あー私の語彙力。


「苗字さん、親友の苗字さん!今日は本当にありがとう!」
掃除を終えた私たちの元に桃井さんが走ってきて、よく冷えたスポーツドリンクを手渡してくれたので有り難く受け取る。
もうほんっとにパーフェクトな女子だよ桃井さん。
笑顔が眩し過ぎる。
ふとちょっとだけその笑顔が歪んで、少し申し訳なさそうな表情になった彼女に首を傾げる。
一呼吸して桃井さんが口を開いた。
「あの…もし良かったらなんだけど、またこうやってお手伝いお願いしてもいいかな?」
ああ、そういう事か。
「…体力付けてきます」
「えっ!辛かった!?」
「いやいや、私の基礎体力の問題ね」
「ごめんね。色々お願いし過ぎちゃって」
「大丈夫!体力作りしなきゃなって、いいきっかけになったと思ってるから」
「そう言って貰えると救われるよ!ありがとう!…でも親友の苗字さんは、難しいかな」
「あれ、いない。あー絶対今吉先輩に挨拶に行ったなこれ。あ、親友の名前も間違いなくオッケーだよ」
「本当!?」
「うん、今吉先輩への愛が挫けない限り」
「っ、ふふ」
「思うでしょ?」
「うん、ちょっとだけ」
「不純な動機でごめんねー」
「ふふっ、まっすぐでいいと思う」
キラッキラの笑顔が戻った。
なんだか桃井さんとちょっとずつ打ち解けてる気がする。
美人で何でも出来ちゃう完璧女子なのに気さくとか、非の打ち所がないわ。
これからもうちょっと、仲良くなれそうかな。


戻ってくる様子のない親友の名前を迎えに行って、今吉先輩の元から引きずるようにして退散。
今吉先輩、試合でお疲れのところご迷惑お掛けしました。
更衣室で手早く着替えを終えてからもう一度、ボールの音のする体育館を覗いた。
桜井くんや若松先輩や何人かの部員が残って自主練していて、まだやる事があるという桃井さんにバイバイして学校を後にする。
親友の名前と今日の事を振り返りながら帰り道を歩いた。
親友の名前の話す事と言えば当然だいたいが今吉先輩の事だけど、今回は青峰くんのすごさについても話していた。
それだけ青峰くんのバスケには魅力があるという事なんだと思う。
語彙力はまあ私といい勝負。
「キュッてなってシュッてやってズバーン、あれはすごいと思ったわ」
「うん、そうなるよね」
「何?」
「私たちのこのバスケ無知さよ」
「今度図書室行こうか、友よ」
「それは名案だね」
「今吉先輩の為にももっと勉強が必要だ」
「やっぱり結局はそこだよね」
まあ、なんだかんだで二人ともバスケットっていう競技に惹かれてるみたいだ。




「よう」
「?」
「昨日はお疲れ」
「あ、お疲れさ…えっ!?」
背後からの挨拶に自然に出て来た返事は最後まで言い切れず、相手の顔を見た瞬間衝撃を受けて固まるという結構失礼な態度になってしまった。
「お、おはよう…青峰くん」
「おー。もう昼だけどな」
今日は朝から居なかったしもう昼休みだし休みなのかと思っていたら、青峰くんは堂々と登校してきた。
昨日の練習試合の事でまさか彼の方から『お疲れ』なんて声を掛けられるとは誰も思わないだろう。
昨日だって私がドリンク用意したり色々やってるところを見られてはいないはずだし、試合中なんか私たち二人ともただの観客になってたし。
青峰くんもそういう言葉口にしたりするんだ。
私ってば色々失礼だし疑問だらけだけどまあ、言われて悪い気はしないかな。
本人は特に気にする様子もなく私の横を通り抜け自分の席に着いた。
と同時に机に突っ伏すと『あー、だりぃ』なんて声。
バスケの時はあんなに動き回って疲れ知らずなのに、それ以外に使う体力はないのか。
「あっ!青峰さん!おはようございます!」
「おー」
教室に戻ってきた桜井くんが元気に青峰くんにかけ寄った。
桜井くんって青峰くんの事すごく慕ってるよなあ。
冷たい返事にもめげずに今度は顔を覗き込むように屈んで、
「青峰さん、顔色悪くありませんか?」
「はあ?」
ん?顔色?
全然気づかなかったけど…色黒だし、っていう言葉は飲み込んで、遠目ながらに青峰くんの顔を見てみる。
確かに、言われてみれば。
「体調悪いんですか?」
「別にフツーだけど」
「じゃあ、寝不足ですか?」
「昨日は帰ってソッコー寝た」
「うーん」
「…おい良。お前そんなにオレを病人にしてえのかよ」
「えっ!す、スイマセン!そんなつもりじゃ!」
「じゃ放っとけ」
「スイマセン!」
あーあ、桜井くん本気で心配してくれてるのに酷いなあ。
とはいえ、青峰くんが『体調悪い』なんて状況全く想像つかないのがホントのところだけど。
なんとなくぼんやり青峰くんの方を見ていると、今吉先輩のクラスに出掛けていた(恐らく入る勇気はなくて陰から見てたに違いない)親友の名前が戻ってきた。
「ん?恋?恋?」
「その恋愛脳どうにかしなさい」
「恋はいいぞ」
そうは言っても私が親友の名前みたいになるの想像できない。
親友の名前の恋を見てるだけでお腹いっぱいだ。

prev / next

[ back to top ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -