ネコさまはカレである | ナノ



午前の試合が終了して選手たちが昼休憩に入ると、体育館内のギャラリーもパラパラと減り始めた。
熱気と周りからの圧迫がなくなったせいか物凄い解放感だ。
すごく疲れた。
でも疲れたと言っても意外にも心地よい疲れで、付き合いで来た割には自分も結構楽しんでいたらしい。
試合、面白かったし。
床に座り込んで大きく息を吐く。
「はぁーーー…バスケ舐めてた」
「どしたの」
「結構楽しかった。皆すごいね」
「ね!すごいでしょ?今吉先輩が特に!」
「あーはいはい」
「っていうか名前、何座ってるの!今吉先輩のところ行くよ!」
「嘘でしょ今歩けない」
「大丈夫大丈夫!」
「えっ!ちょっと親友の名前人使い荒いんじゃない!?」
暫く座っていたかったけどそうもいかないようだ。
容赦なく親友に引っ張り上げられ、一緒に今吉先輩のところに向かう事になった。
他校にお邪魔しているという事もあって、選手たちには控え室代わりの教室が用意されているらしい。
そこに部外者が行こうという、たまに親友の行動力には驚かされる。
モジモジしてたり思い切りが良かったり忙しい子だ。
いつの間にバッグから取り出したのか、親友の名前の手にはお手製の『レモンの蜂蜜漬け』なるものが準備されていて、足をジタバタさせて早く早くと私を急かしている。
運動部への差し入れの定番ってやつ?
そういえばそのレモンの蜂蜜漬けでちょっとした噂を耳にした事がある。
『桐皇バスケ部のレモンの蜂蜜漬け』は『ヤバイ』のだとか。
ヤバイとは?
栄養価ハンパないとか、とんでもなく美味しいとか。
なんにせよその『桐皇仕様』のものに親友のそれは太刀打ちできるのだろうか。
とりあえず今吉先輩が受け取ってくれる事を願うしかない。
返品された後の地獄に落ちたように沈む親友の姿を見たくはないのだ。



「あ!苗字さんっ」
「桃井さん、お疲れ様」
「ありがとう!」
「無事見付かって良かったね」
「迷惑掛けてごめんね。青峰くんってばあの後すぐ寝惚けた顔して来たんだよ、ホント困っちゃう」
「寝惚けて…それであんなに動けるって恐ろしいね」
「うーん、いつもそんな感じだから」
「…ねえねえ、お二人さん?」
控え室前の廊下でバッタリ再会した私と桃井さんの間でポカンとしていた親友の名前が口を開く。
ちょっと放っておき過ぎた。
なんで普通に喋ってるんだ?と聞きた気だ。
「友達、だった?」
「ん?試合前にちょっとね」
「えっ、狡い!私も入れて!」
下心ありありだなっ!
目をキラキラ輝かせる親友を見て口元を引き吊らせる。
絶対仲良くなって今吉先輩情報聞き出そうとか思ってるでしょ!と言わんばかりの視線を送ってみるものの、本人は全くこっちを見る気配はない。
友達かぁ…まあこんな可愛らしい子が友達だったら嬉しいけど、友達とまでいえないというかさっき初めて話しただけだし…
一人思考に溺れていると親友のものとは違うキラキラを感じで顔を上げる。
同じように目を輝かせた桃井さんが私を見ていた。
「ん?え?」
「と、友達」
「友達?」
「うん。友達に、なりたいな、なんて」
…可愛すぎか!
恥ずかしげに頬を赤らめて眉毛を下げるその表情は破壊力ありすぎだ。
こりゃ男が放っとかないな。
勿論、と笑って答えればこれまた破壊力抜群の美少女スマイルが返ってきた。
とんでもなく美人な友達が出来てしまった。

「あ、そういえば。控え室に用?」
「あー、そうだった」
「そうだったじゃないよ名前!重要任務でしょ!」
「はいはい…桃井さん、今吉先輩いるかな」
「うん!呼ぶ?」
「うん、お願い。1年の親友の苗字が呼んでますって伝」
『桃井〜、なんの用やって〜?』
私の言葉に被せるように間延びした声が響く。
勿論部屋の中から。
驚いて桃井さんの方を見ると苦笑いしていた。
やっぱり今吉先輩って色々怖い!
桃井さんがカチャリとドアを開けると、今吉先輩を視界に入れるよりも先に控え室の中から聞き覚えのある声が聞こえた。
今吉先輩のところに真っ先に飛んで行った親友はもう無視だ、無視。
「あっ!苗字さん!」
「あはは、どうも〜」
バッグを片付けている手を止めて凄い勢いでこっちに向かってくるのは、桜井くんだった。
今日はなんだかコミュニケーションが慌ただしい日だ。
「スイマセン!あのっ、指!大丈夫でしたか!」
「え、全然平気っていうかあれ全く桜井くんのせいじゃないから」
「でもボクが驚かせたから猫さんが!スイマセン!スイマセン!!」
「痛くも痒くもないからホント平気だって」
「スイマセン!」
「いやホント、頭上げて」
「スイマセン!!」
「…えーもう、スイマセン禁止!」
「むぐっ!」
思わず手を伸ばして桜井くんの口を塞いでしまった。
あ、ちょっとやり過ぎた?
だってスイマセン言い過ぎ。
私が悪いことしてる気分になってくる。
一息吐いて目線を上げると、びっくりするくらい真っ赤になった桜井くんが視線だけをさ迷わせて固まっていた。
その時、
「ぶはっ」
部屋の奥の方から笑う声が響く。
そこにいたのは青峰くんだった。
「あ、あ、青峰さんっ!」
「おい良。女とイチャついてねえで早く飯」
「えっイチャついてって!えっ!?す、スイマセン!今出しますっ」
え、命令?
桜井くん従順過ぎでしょ。
え、何、どういう関係?
呆気にとられているうちに、大慌ての桜井くんによってテーブルに見た目も栄養バランスもまさに完璧なお弁当が広げられていった。
桜井くんのバッグから出てきたってことはつまり、
これって全部…
「苗字さんも良かったら一緒に!沢山作って来たので!」
「やっぱり!?ありがたいけど何その女子力!」
「スイマセン!」
桜井くんの新たな一面を知った。

そういえばと親友の名前の方を見てみると、どうやら無事今吉先輩に渡せたみたいだ。
デレデレしながらおしゃべりしている。
なんだかんだで最近今吉先輩に可愛がって貰ってるんじゃないかと思う。
良かった良かった。
気付けば自分まで笑顔になっていて、桜井くんに不思議がられた。


お昼ご飯は近くのコンビニで済ませようと思っていた私たちは思わぬラッキーで美味しいお弁当にありつけていた。
桜井くんありがとう。
うん、ちょっと引くくらい美味しいよ。
絶妙な味付けのから揚げをモグモグしていると、ふと左前方から無遠慮に向けられる視線を察知。
え、私食べ過ぎ?がっつき過ぎ?何か顔に着いてるとか?
そろそろ耐えられなくなってきた頃…
「苗字」
「っんぐ!!」
喉!詰まる!詰まる!
驚くのも無理ない。
名前呼ばれたんだから、あの青峰くんに。
クラスに全く興味なさそうなのに私の名前知ってたんだ!?
「お前さ」
「な、何」
「どっかで会った事ねえ?」
「…え、……教室?」
「はあ?んなの当たり前だろ」
「じゃあここの体育館」
「人居すぎて分かるかよ。つうかもっと前だ」
「全く記憶にございませんけど」
「…だよな」
「えー」
わけ分からんと首を傾げたけど、聞いてきた本人もよく分かってない顔をしていて益々意味が分からない。
隣の桜井くんも不思議そうな顔をしていた。
「新手のナンパか」
ぼそりと逆隣から囁いたのは親友の名前だ。
ナンパって。
すぐそういう方向に暴走するんだから。
「私に似た誰かでも見たんでしょ。世界には自分のそっくりさんが3人は居るって言うし」
「3人か」
「まあ分かんないけどね」
「今吉先輩が3人も居たらどうしようっ」
「やっぱりそこ行くよね〜」
いつでもどこでも今吉脳な親友をある意味尊敬する。
もうどうでも良くなったのか食事を再開した青峰くんをじっと見てみたけど…こんな目立つ人をどこかで見付けたり会ったりしていれば忘れる事はないなと改めて思う。
というかこんなに近くで見たり、会話したりする事自体初めてな気がする。
今までは妙なオーラがあって取っ付きにくいのかなと思ってたけど実はそんな事もないのかな。

新しい友達が出来たり、クラスメイトとちょっとだけ打ち解けたり?バスケにちょっと興味がわいたり…今日は周りも自分もなんだかずっと慌ただしい。

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