ネコさまはカレである | ナノ



「…雨、止まないな。憂鬱」

せっかくの休みに雨なんて気が滅入る。
とは言っても特に出掛ける予定なんてないんだけど、ただなんとなく雨よりは晴れの方がいいってそれだけ。
ベッドに仰向けになって窓から見えるどんよりとした空を見上げる。
ちょっと前までは小雨だったのに、今では地上を鋭く刺すみたいにだんだんと強くなってきていた。
雨粒が大きくて盛大な雨音が耳障りなくらい。
…さっきの猫、大丈夫かな。
ふとつい1時間くらい前に出会った、というか突然目の前に現れためちゃくちゃ目付きの悪い短毛の猫を思い出した。


しとしとと降り続ける雨にうんざりしつつ、コンビニへの道をクルクル傘を回しながら歩く。
家から少し歩いたところにある角のコンビニ。
私の目的地であるその店まであと数歩、というところで突然ブロック塀の隙間から猫がヒョイっと飛び出して来た。
目の前の私の存在に即座に気付くと驚いたのか一瞬飛び上がって、そして明らかに全身を強張らせる。
ピタリと動きを止めたその子にじっと見つめられること数秒。
私はその場にそーっと腰を下ろして目線を下げ、固まったまま動かないその子を見つめ返した。
あはは、目付き悪!
鋭い目の色は黒?藍?ギラリと光ってその目の鋭さを強調していて、全体的に短い毛は青光りするようなこれもまた黒とも藍とも見える綺麗な毛色だ。
その綺麗な短毛ももう結構雨に濡れちゃってるし気休めにもならないけど、自身の傘を慎重に少しだけ傾けてみる。
突然雨が止まった事に驚いたのか、パッと頭上を見上げてからもう一度私の様子を窺うように見てきた。
お、逃げないんだ…意外と大人しい。
動かない…触ってみてもいいかな。
調子に乗ってゆっくり手を差し出してみると猫は私を威嚇するように頭を下げお尻を持ち上げ、バシッとなかなかに素早い猫パンチを繰り出した。
「っはは!可愛い」
「み゛ゃっ!」
「えー、何そのダミ声!可愛い」
「み゛ゃあっ!」
引っ掻かれるの覚悟でわしゃわしゃっと頭を撫でてみたけど、返ってきたのはまるでじゃれてるみたいな猫パンチ。
うっ、…可愛い。
抱き上げてしまいたい!
でもダメだ。
これ以上関わったら持ち帰ってしまうかもしれないと危機を感じて、私は後ろ髪引かれる思いで名残惜しくもその子とお別れした。
「バイバイ…いい飼い主さんに巡り会えるといいね」
コンビニに入る前に一度だけ振り向いたけど、もうそこに猫ちゃんの姿はなかった。



家では動物を飼えない。
何故なら私は、学校から離れてはいるものの一応『寮』というものに住んでいるから。
当然ペットの持ち込みなど禁止だ。
だから諦めがついたようなものだけど、実家に住んでいれば間違いなくお持ち帰りして両親に頼み込んでいたと思う。
申し訳ないけど見た目が可愛いって感じではなかったけど、きっと飼ったら私のかけがえのない家族になってくれるんじゃないかなんて勝手に感じていた。
あの子、首輪は見当たらなかったし野良なんだろうけど…野良ならなんで雨宿りもしないで彷徨いてたんだろ。
もしかしてちょっと頭悪いとかどんくさい猫ちゃん?
それにしては目付き悪いというか鋭かったし、どんくさいって事はないか?
なんて考えてはみるけど、すごく気にはなるけど結局私にはどうしてあげる事も出来ない。
冷たいと思われるかもしれないけど、下手に同情して安易な行動に出るのは違う気がするのだ。
ちゃんとどこかで雨宿り出来てる事を祈って…
さて…雨も止みそうにないしなんだかモヤモヤするし、こういう時は寝るに限る。
なんてただのダラけな持論にウンウンと頷いてそっと目を閉じ、雨音をBGMにして寝てしまう事にした。









「名前遅いよ!寝坊?」
「え、間に合ってるよね?遅くないよね?」
「朝練後の今吉先輩に遭遇できる時間ギリ!」
「…そういう事ね」
「お願い!ちょっと付き合って」
「はいはい、どうせやだって言っても引き摺ってでも連れてくんでしょ」
「何か言った?」
「いえいえお供しますとも」
友人の親友の名前はバスケ部の主将である3年生の今吉先輩に絶賛お熱中だ。
彼女に連れられて、バスケ部の部室から3年生の教室までの道…彼女曰く『ゴールデンロード』(今吉先輩のおかげで道が輝いて見えるからだそうだ、痛すぎる)に自然を装って待機。
正直、自然なのかどうかは微妙なところだ。
これに最低週2回は付き合わされている私ってなんて友達思いかって事だ。
毎度毎度、先輩に会えて大興奮する彼女を落ち着かせるのも一苦労。
今日も例に漏れず。
「っ来た!」
「落ち着け落ち着け」
「ももも問題ない!」
「そうは見えないわ」
「だい、っ大丈夫!」
「もう…挨拶するだけでしょうが」
「そう!挨拶!」
「あ、そろそろお出ましだよ」
「!う、…おっ、」
「お?」
「おはようございまふっ」
「ぶふっ」
盛大に噛んだ。
あまりの噛みっぷりに思いきり笑ってしまったのは許して欲しい。
だいたい親友の名前ってば先輩の名前呼んでないし誰に言ったか分からないじゃん、なんて思っていたらなんだか今吉先輩の眼鏡がキラリと光った、ような…目の錯覚?
「ん?…おはようさん」
「!?」
「自分ら、最近ようここにおるな?」
「い、い、今吉先輩!お疲れ様です!朝練!」
「んん、おおきに。HR遅れんようにな?」
「〜っ、はい!」
あ、親友の名前のHP大回復。
これで今日1日安泰だ。
にんまり笑って通り過ぎていく先輩を見送って、今にも踊り出しそうな友人をどう落ち着かせようか思案する。
「つ、次は告白!」
「早いわ!!」
挨拶で噛んどいて何言ってるのこの子は。
前向き過ぎる友人に項垂れつつ、先輩に言われた通りHRに遅れないようにと歩き出した。
歓喜に震える友人はもう放置だ。


桐皇のバスケ部はここ数年急成長を遂げているらしく、それと共に部員の人気も急上昇しているらしい。
そんなバスケ部の主将を任されている今吉先輩は当然ながら最近ファンが増えてきている。
やっぱりバスケを見て惚れたんでしょ?なんて思っていたけど、彼女が今吉先輩にうっかり溺れてしまったきっかけはそうじゃなかった。
ある放課後、何の気なしに体育館前を通り掛かった親友の名前は水道で顔を洗っている先輩を初めて視界に入れる。
特に気にせず視線を戻そうとする間際、先輩が外した眼鏡を手探りで探していて…あ、落ちると思った時には無意識に体が動いて、親友の名前は落ちかけた眼鏡をキャッチしていたらしい。
顔を拭きながら『おおきに』と微笑んだ先輩に私は爆発した、と彼女は語っている。
その表現どうなの。
で、まんまと今吉先輩にのめり込んだ友人に私は無理矢理引き摺られて一度だけ練習試合を見に行った。
桐皇は素人目に見ても確かにすごく強かった。
大差で負かしたその日の相手がかなりの強豪校だと聞いて更に驚く。
私はバスケに興味があるわけじゃないし詳しいルールも知らないけど、そんな私でも『おお!』と盛り上がるくらいには面白かった。
その日一番驚いたのは1年でスタメン入りしてた同じクラスの青峰くんの存在。
あと3ポイントシュートをバシバシ決めていた桜井くんという細身の男の子も、クラスではあまり目立たないけど凄いプレイヤーだったらしい。
青峰くんは中学からかなり有名な選手だったらしく桐皇には推薦で入ってきたとか。
さすが推薦とでもいうべきか、圧倒的な強さっていうか全部が他と違ったっていうか。
エースって言うんだって。
とにかく無茶苦茶な強さで先輩方を差し置いて大暴れしていた。
そんな青峰くんとは一度も喋った事はないけどあれで1年!?ってサイズの巨人で、色黒でちょっと強面でとっつきにくい印象だ。
無口な性格なのか人と話すのが面倒なのか、クラス内で誰かと楽しそうに喋っているところなんか見たことがない。
教室に戻るとその青峰くんは机にだらりと体を預けていて…どうやら寝ているみたいだ。
ん?そういえばバスケ部なのに朝練は?
疑問に思っていると少し遅れて戻ってきた親友の名前が私の視線の先を追ったのか疑問に答えてくれた。
「青峰くんって、練習あんま出ないんだって」
「え、そうなの?なんで?」
「さあ?詳しくは知らないけどね。よく桃井さんとか桜井くんなんかが放課後必死に捜索してるよ」
「ふうん…で、逃げ切ってるの?」
「まあ、練習にいない日は逃げ切ってるんでしょ」
「随分甘やかされてるんだね」
「いやそれは違う、今吉先輩の心の広さよ!」
「結局そこね、はいはい」
どこまでも今吉先輩贔屓な友人の話を受け流してもう一度目を向けてみる。
確かにバスケに関しては強くて負け知らずでこの学校に勝利と栄誉をもたらしているのかもしれないけど、推薦で入ったからにはもっと真面目にやったらどうよ?
なんの取り柄もなくて少しでもいい学校に入ろうってただ必死に勉強してここに合格した私にとっては、ああいうタイプの人にはやはりちょっとした嫌悪を抱いてしまう。
嫌悪?羨望?嫉妬?よく分からないけど気分のいいものじゃない事は確かだ。
「まあ、関係ないけどね」
「ん?どうかした?」
「ううん、なんでもない」
何が?と首を傾げる友人の背中を押して席に促した。

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