ネコさまはカレである | ナノ



昨日の今日でなかなか寝付けなかった私は、先に寝てしまったツリメを撫でながら、特に見たいわけでもないテレビ番組に目を向けていた。
昨日の事を『夢』だと決めたはずなのに、どうしてもあの光景は頭から消えてくれなかったのだ。
いつも通り眠れる精神状態ではなかった。

今日学校に遅刻してきた青峰くんは、ダルそうに席について一日をずっとそのテンションで過ごしていた。
いつもそんな感じだったのかもしれないけど、余計にそう感じてしまうのは仕方のないことだと思う。
そんな青峰くんをつい目で追ってしまっていて、それはいつの間にか相手にもバレるほどの視線になっていたらしい。

「なんか用でもあんのかよ」
「!」
HRが終わって帰ろうとする私に声を掛けたのは、青峰くんだった。
「なんだよ、部活出ろってんなら聞かねえからな」
「えっ、いや、そういうんじゃ」
「は?じゃあなんだよ」
「ごめん!み、見ないようにするから!」
「…はあ?」
脱兎の如く逃げ去る。
何を言ってるんだ私は。
気持ち悪っ!
わけの分からない事を口走った私を、唖然という表情で見下ろしていた青峰くん。
そりゃそうだ。
あれじゃまるでストーカーじゃないか。

逃げるように急いで帰宅すれば当然いつもより早く着いてしまい、ツリメを回収出来ずに寮の中に入ってしまった。
悶々としながら暫く明日提出の課題に取り組んでいる所、遠慮がちに窓をカリカリする音に気付き慌ててツリメを中に入れてあげたのだ。
ごめん、ツリメ。
今日はどうにも上手く立ち回れない。
全部昨日の夢のせいだ。
そして、そんなのを意識しすぎている自分のせいだ。


そんなわけで、悪いことをしちゃったなとお詫びも兼ねて、先に寝てしまったツリメを優しく撫でてあげていた。
驚愕の事態が起こったのはそれから暫く経って、そろそろ自分も寝ようと思い始めた頃だった。

テレビを消してすぐ、真っ暗になった室内に突然柔らかい風が吹いた。
風…
窓も閉まっているしエアコンだって付けていないし有り得ない事なのだから、妙な違和感に体が強張る。
暗さに目が慣れてきた頃…
「!?」
昨日の夢が繰り返されていたのだ。
いや、同じじゃない。
だってツリメが居た場所にツリメは居なくて…代わりに寝転がっていたのは…

「っ青峰くん!?」
思わず声を張り上げてしまい慌てて口を押さえるも既に遅く、モソモソと身動ぎした青峰くんがゆっくりとその目を開ける。
暫くボーッとして宙をさ迷う瞳。
それがゆったりとした動きで私を捉えて…目が合った瞬間、ここがベッドの上だという事も忘れて私は勢いよく後退ってしまった。
後頭部から落ちる事を覚悟する。
だけど…
「っぶね!」
「!」
伸びてきた長い手に思いっきり引っ張られて、勢いよくベッドに逆戻りした。
当然そこには引っ張った本人が居るわけで。
「っひ!ぎゃっむぐぐ!」
「(ぅおい!でえけ声出すな!)」
叫ぼうとした私の口を正面から大きな手が覆って、焦った青峰くんの顔がすぐ目の前にあった。
ちょっと待って、色々ついていけない。
動転する私の口を押さえ付けたまま、青峰くんはとにかく落ち着けと私に訴えてくる。
コクコクと壊れたおもちゃみたいに必死に頷いて、やっとの事で私は解放された。
一度深く、深ーく深呼吸。
暗闇の中、ベッドの上でもう一度目を合わせた。

「…青峰くん…で合ってるよね」
「…クラスメイトの顔くらい分かんだろ」
「う、あ、あの…これは」
「コッチが聞きてえわ」
「…と、とりあえず、電気点ける」
「おう」

リモコンを手で探り当て、ピッというスイッチの音と共に部屋が明るくなる。
眩しさに一度目を細めてから確認するように正面を見れば、そこにはやはり青峰くんが居た。
最早違和感しかない自分の部屋をぐるりと見渡す。
やっぱりツリメは居ない。

「ツリメ…居ない」
「は?」
「猫」
「猫?」
「うん、さっきまでここに寝てたの」
「どんな猫だよ」
「短毛で…目と毛の色が藍色っぽい、目付き悪い猫」
「…写真とかねえの?」
「あ、ある」
スマホを操作してアルバムを開き、親友の名前に送ったツリメの写真を表示させる。
それを青峰くんに向けて見せると同時、彼の目が見開かれた。
「青峰くん?」
「…そいつ」
「?」
「多分、結構前にオレが助けた猫」
「助けた?」
「まあ、最終的には助けられたのかは分かんねえけど」
「?」
青峰くんによると、私がツリメと出会う少し前に助けた事があったらしい。
ツリメが公園で子供たちに追いかけ回されて大きな木に登ってしまい下りられなくなっている所を、子供たちを撒いてから青峰くんが登って助けようとした。
優しいところあるんだなと感心していると、ニヤけんな見んなとジト目を向けられた。
ツリメは子供に追い回されたせいか人間嫌いになっていて、毛を逆立てて威嚇したり青峰くんの手を引っ掻いたりしたらしいんだけど、最終的にはちゃんと彼の腕の中に収まってくれたのだとか。
助けてくれる優しい人だって認識したのかな。
そこまでは良かったんだけど、突然遠くから響いた子供の声に驚いたツリメが暴れ出して、木の上でバランスを崩した青峰くんは太い幹に後頭部を打ち付けて、その後の記憶がないらしい。
気付いたらまだ木の上で、朝を迎えていて…

「…あの日からおかしいんだよ」
「え?」
「体もいつにも増してだりぃし。目ぇ覚ました時、全然記憶にないとこに居たりする」
「…」
「最近は夜目ぇ覚めると、何故かここに居んだよ、オレ」
「!?」

青峰くんの話を脳内で何度も反復して、状況を整理して何度も何度も考えてみたけど、辿り着いたのは非現実的な答え。
ツリメが青峰くんで、青峰くんがツリメで…
それが答えかも分からないけど、他に説明のしようがないのだ。
でも、だからってこんな事が現実に?
一人悶々と頭を悩ませていると、正面からハッと自嘲気味な笑いが漏れた。
「気持ちわりぃだろ、こんなん」
「え」
「気付いたら横に寝てるとか、気持ちわりぃだろ」
「え、いや、びっくりは、したけど」
「気持ち悪ぃと思わねえのかよ」
「や、そんなのの前に、もうびっくりしかない」
「…まあ、そりゃ驚くわな」
「うん」
「オレも意味分かんねえわ」

息を吐いた青峰くんは酷く疲れた顔をしていた。
こんな事になって、長時間熟睡が出来ていないのかもしれない。
青峰くん本人でさえ意味が分からないっていうなら私なんかにはもっと分からないし、この状況を私に解決できるなんて微塵も思ってないけど、関わってしまった手前か少しでも何か出来たらという気持ちになっていた。

「青峰くん」
「んだよ」
「とりあえず、寝よう」
「は!?」
「だって顔すっごい怖い、あ、いや疲れてる」
「言い直したって聞こえてるからな」
「あ、あはは。でもほら、寝不足はいい事ないよ」
「…」
「私誰にも言わないし、出来る限りの事はするから」
私の言葉に青峰くんの目が見開かれた。
何か言われるかと身構えていたけど、彼はチッと小さく舌打ちをした後ベッドを下りて、ゴロンとラグに寝転がった。
「え、そこじゃ体痛くなるよ」
返事がなく身動きすらしない彼を不思議に思って覗き込むと、なんともう既に寝息を立てていた。
「早…相当疲れてるのかな」
眉間にシワを作って必死に睡眠を貪っているような姿になんだか無性に助けてあげたいという気持ちが込み上げる。
クローゼットからタオルケットを取り出してそっとかけてあげれば、小さく声を漏らして身動ぎする姿は、全然違うはずなのにツリメみたいに見えてきてしまうから不思議だ。
正直本当に現実味がなさすぎて、だからこそ私は今割と柔軟にこの状況を飲み込んでいるだけなのかもしれない。

これがもう夢だとは思わないけど、やっぱり夢であって欲しいと思いながら私も目を閉じた。
「おやすみ、ツリメ」

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