「名前お前、今すぐバイト止めろ」
「は!?」
大学の夏休みも残すところあと3分の1という頃。
バイトから帰ってすぐの私に向かって大輝が言った。
不機嫌丸出し、目をこれでもかと細め睨み付けて、だ。
大輝がこんな事を言うのは夏休み前の試験以来。
確か、
『……大学止めて家に居りゃいーだろ』
『…だから、別に…必死こいて働かなくていいって』
こんな事を言われた。
一緒に頑張りたいと思う私は、自分が何もしないでただ家にいるだけなんて考えられない。
なんであんな事を言ったのか。
あの時は大輝が家に戻って来てくれたばかりだったので事を荒立てたくないと追求はしなかった。
今日はいい機会かもしれない。
そう思った私は大輝をソファに座る様促した。
「で、なんで?」
「あ?」
「なんでバイト止めなきゃなの?」
「…そんくらい分かれ」
「分からないから聞いてんの」
黙り込んだ大輝に眉間に皺を寄せて抗議するとジト目を向けられる。
益々意味が分からない。
負けずに睨み返すと所在なさげに視線を逸らされた。
「お前…」
「何?」
「じゃあなんでお前そんな必死こいて働こうとすんだよ」
「じゃあって意味分かんないけど、まあいいや。そんなの簡単だよ」
「あ?」
「大輝と一緒にやって行きたいって思ってるからに決まってるじゃん」
「…は?」
「なら大輝はなんで私にバイト止めろとか働かなくていいとか言うの」
「…」
「私だって働きたい」
「……はぁ」
「何その溜息は」
呆れたとでも言いたげな目付きに少し戸惑う。
何これ、私が悪いの?
そんな考えすら湧いて来た時、大輝が私の鼻を摘まんだ。
「な、なにすんの」
「お前な…ここんとこ全然休みなしだろ」
「んー、まあ、確かに」
「こないだだって今日だって…俺が休みだってのに…」
「…」
「夜だって疲れ切ってすぐ寝ちまうし」
「…」
「朝だって早く出て行くしよ」
「…」
「…」
ちょっと、この人…
もしかして…
「…さ、寂しいの?」
「!ばッ、ちげえよ!暇なんだよ!」
「…ああ、そ」
「あークソ。そうじゃなくてよ」
「何?」
「お前は俺に甲斐性が無いと思ってんのかよって事」
「…え?」
私をジッと見つめて来る大輝に瞬きだけで応える。
甲斐性が無いとか、そんな事1度だって思った事ないけど。
もしかして、私が無我夢中で働いてるのがただお金を稼ぐ為だけだと思ってるんだろうか。
「分かれよ」
「?」
「お前との時間削られんの嫌なんだよ」
「だ、大輝…」
「帰ってもお前居ないとか、疲れて先に寝てるとか、休みも合わねえとか…俺そんなん無理だからな」
「!」
「それに…お前1人くらい養えるっつうの。嘗めんな」
そう言って大輝は私を横から抱き締めた。
愛しさが込み上げる。
ああ、この可愛いくせに男らしい人を一体どうしてくれよう。
背中に目一杯腕を回してぎゅうぎゅうと締め付ける。
大輝のあの言葉は私との時間を減らしたくない、自分は養えるという意志の表れからの発言だったらしい。
弛む口許を引き締めるなんてもう無理。
大輝の腕の中で頬を摺り寄せた。
「私だって無理だから、そんなの」
「あ?」
「こんな忙しいのは夏休みの間だけだよ。それから、サービス残業なくす。早く帰って来る」
「…」
「甲斐性なしだなんて思ってるわけないじゃん。そうじゃなくて…私も一緒に頑張りたいって事」
「…名前」
「今の仕事だって、バスケに関われるから…少しでも大輝に関われるから楽しくてやってるんだよ」
「ッ」
「分かれよ、なんつって」
「なッ、言い方マネすんな!」
「あはは!」
「ったく」
悪態を吐きながら私を抱き締める腕には力が込められた。
大きな腕の中で幸せに浸る。
2人の時間が少なくて寂しいなって思ってたのは私も一緒。
大輝がここまでとは思ってなくてビックリしたけど。
胸元からひょっこり顔を出せば、情けない顔をした大輝が私を見下ろしている。
へへっと笑って見せれば頭突きが飛んだ。
「なーに?」
「なんでもねーよ」
「言いたい事は言いたまえよ」
「うるせえ、バーカ」
「わーヒドイ」
「んとに分かったのかよ、お前」
「分かってるよ。寂しがり屋のウサギちゃんって事でしょ?」
「…」
「あ、否定しない」
「おー。まあな」
「大輝がウサギか…ぶふっ」
「んだとコラ…まあ…だからよ、」
「?」
「………独りにすんな」
ゆっくりと近付く顔にそっと目を閉じる。
強引な彼の、優しいキスを受け止めた。
「今日は簡単に寝れると思うなよ」
「ふんだ、私の睡眠欲嘗めんな」
END
20140831
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