1周年記念企画小説 | ナノ

大切なモノ



「キスしたいッス。して。ここで、今すぐ」
「…は」
涼太が真面目な顔をして突拍子もない事を言い出した。
学校の、廊下の、ど真ん中で、だ。
部活が終わるのを教室で待っていた私は、軽快に廊下を走る音に涼太だと確信して教室から出た。
案の定そこには息を切らした涼太が立っていて、私を見るなりそう言ったのだ。
「え、やだ」
「ええ!」
「いや、それこっちの台詞だから」
「駄目!今すぐ、ってちょっと下向かないで!ちょ、待ってって!」
一刀両断して歩き出した私を必死の形相で追う涼太は怖い。
私の意見は間違ってないと思う。
だいたい今日の涼太は朝からなんだかおかしい。
いつもより一緒に居る時間が長くて距離も近い。
トイレにまで着いて来そうになった時はさすがに慌てた。
ていうかそもそもキスなんて『したい』とか『して』とか言ってからするもんじゃないと思う。
そんな事言われたら出来るものも出来ない。
し、自然な流れでするからいいものであってごにょごにょ…
自分で考えておいてだんだんと顔が熱くなって来た私はハッとして歩く速度を速めた。
「なんで嫌なんスか!」
「や、当たり前でしょ」
「!?」
「え?」
私の言葉に悲壮な表情をした涼太。
この世の終わりとでも言いたげなその表情にたじろぐ。
そうしたら今度は物凄い顔で私に迫って来た。
「なんで!嫌って何!?どういう意味だよ!まさかっ」
「ちょっと待って待って!!あんた何言ってんのさっきから!」
「キスしたいって言ってんだよ!」
「っそうじゃなくて!っていうか帰るよもう、学校閉まっちゃう」
「…名前」
「ッ!?」
突然距離を詰めた涼太が私の腕を引き手繰り寄せた。
華奢そうに見えて引き締まった体に包まれて身動きが取れなくなる。
あまりに強く抱き締めて来るものだから、私は逃げ出す事を諦めて大人しく捕まった。
「意味が分からないんですけど」
「いいッス…分かんなくて」
急に静かにならないで欲しい。
邪険にし過ぎたかと妙な罪悪感に苛まれる。
そんな私をそっと解放した涼太はそのまま手を引いて歩き出した。
引っ張られて私もその後に続いた。
無言だ。


真っ暗な帰り道。
大通りを外れればただでさえ無言の空間の静けさが増した気がする。
涼太はさっきから私の手を握る反対の手でずっと携帯を弄っている。
眉間に皺を寄せたり項垂れたり、整った顔をこれでもかと歪めていた。
「ば、馬鹿!?」
「!」
画面を見ていた涼太が突然声を上げた。
住宅地のど真ん中で迷惑だと伝えようとすれば今度は誰かに電話をかけ始め、更に大きな声で話し出した。
「緑間っち!!」
「ちょ、声!デカイ!」
涼太の腕を思いっ切り引っ掴んで訴えたけど聞く耳持たず。
電話の向こうの『緑間っち』と呼ばれる人との会話は続いた。
「なんスか馬鹿って!」
「緑間っちが言ったんじゃないッスか!」
「知らんって!自分の言った事には責任持って下さいッス!」
「おは朝?あんた信じてる番組のせいにすんのかよ!」
「は!?俺!?俺が悪いって言うんスか!?」
よく分からないけど止まる様子の無い涼太の勢いに気圧される。
私の手は涼太の大きな手にぎゅうぎゅうと握り締められていた。
手の形が変わりそうだ。
ぼんやりとそんな事を考えていた私は、涼太の次の言葉で思わず歩みを止めた。
「緑間っちが『一番大切なものを持ち歩け』って言ったんじゃないッスか!」
ん?
…ちょっと待って。
「だからなるべく近くに置いといたのに!は?…物!?」
待って待って。
「確かに持ち歩けって言われればそうかもしんないッスけど!」
待ってってば。
「いいんスよ!ヒトだって一緒じゃないッスか!大切な事に変わりないんスから!」
「!?」
「え?………あ」
ゆっくりとこっちを見た涼太と視線が絡む。
目を見開いた涼太の瞳には間抜け面の私が映り込んでいた。
私を凝視しながら涼太の顔はみるみるうちに真っ赤になる。
釣られる様にして私の顔も熱を持った。
『お前の惚気話を聞いている暇など無いのだよ!!』
ブッ
「「…」」
静かなこの場所で電話の向こうの声がハッキリと聞き取れた。
かなりご立腹な様子で緑間という人は通話を切った。
涼太は携帯をポケットにしまってその空いた手で顔面を隠して項垂れた。
それでも握った手は離す気はないらしい。
私はなんだか恥ずかしいのに嬉しくて、涼太が可愛く思えて仕方なかった。
なんだかんだでやっぱり私…
「涼太」
「!」
「涼太」
「…なんだよ」
「なんでもないけど」
「…」
「ちょっと手退けて」
「何すんッ」
要望通りキスしてあげた。
憎たらしいくらい高い位置にある顔が近付く様に襟首を掴んで思いっ切り引き寄せて。
たまにはこういうのも悪くない。
ぶつかり合った唇がほんのちょっとだけじんとした。





『今日のラッキーアイテムは”自分の一番大切なもの”です』
『大切なものをずっと傍に置いて触れていると良いでしょう』
END
20140831



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