Noticing me! | ナノ

07

夢見は最悪、当然寝起きも最悪。
醜い事ばかり考えていた私への天罰は未だ続いているらしい。
大我さんと顔もちゃんと見た事のないあの彼女のキスシーンの夢なんて、一番見たくなかった夢じゃないか。
寝る前に考えていたらこうなってしまうのも少しは予想していたけど、あまりに予想通りなその夢に今日1日のやる気は一気に削がれた。
何もしたくない。
けれどいつも通りバイトの時間はやって来る。
ダラダラと準備をしてバイトに向かった。


掛け持ちのバイトは本屋とコンビニ。
日中はほとんどが本屋で、今日も例に違わずいつも通りエプロンをして接客に励む。
午後2時。
所謂会社員にとっての昼休みも終了しているこの時間帯は客足も途絶えて、店内は数名のスタッフと立ち読みのお客さんがチラホラ。
静かな店内は低ボリュームのBGMのみが聞こえ閑散としていた。
仕事仕事、今日発売の雑誌を抱えて陳列に向かう。
その最中正面玄関の自動ドアが開いた。
「いらっしゃいませ」
最早条件反射の私の声に勿論返事なんてあるわけないのだけど、とりあえずと顔を上げ入り口を見遣って息を飲んだ。
背を丸め入り口を潜って入って来たのは、高圧的な雰囲気を纏い色黒で日本人離れした体躯を持つあの人…青峰さんだった。
まさか声を掛けるわけにもいかず、抱えた雑誌を並べながら静かに様子を窺う。
彼が向かった先はまさかの女性誌のコーナーだった。
女性誌コーナー裏側の本を整えるフリをしながら上段と下段の隙間から青峰さんの位置を確認。
雑誌を取る色黒の手が見えた。
手に取ったのは20代の女性に人気のファッション誌だった。
違和感が半端ない。
本棚が邪魔で手元が見えなくなってしまったので少し背伸びをしてみようと顔を上げる。
その瞬間、棚の高さを軽々と超える位置に青峰さんの顔があった。
青峰さんの身長を甘く見ていた事を後悔した。
「!」
「あ?…お前」
「し!失礼しました!」
細く鋭い目で睨まれて慌てて謝り全力でその場を去る。
予定が、急にエプロンの首紐を思いっ切り引っ張られて奇妙な声を上げた。
「ぐえッ!」
「っぶは!なんだそれ」
静かな店内で何の遠慮も無く笑い声を上げた青峰さん。
失礼過ぎる!
振り向いて文句の1つでも言ってやろうとまた無謀な事を考えたけれど、もう一度紐を引かれた事でそれは未遂に終わった。
「ぅぐ!な、何するんですか!」
「ガキをいたぶる趣味はねえ。ちょっと来い、お前店員だろ」
「え!ガキ!?」
「うるせーよ。いいから来い」
青峰さんはそう言って掴んでいた首紐をパッと離すと、さっき居た女性誌コーナーに気怠げに戻って行った。
周りのお客さんに謝りつつ仕方なく彼の後を追う。
覗く様に顔を出せば、顎で来いと命令された。
なんて横暴な人だ。
「…あの、何か?」
「バッグ」
「はい?」
「女が好きそうなバッグ、どれだよ」
「…だいぶアバウトですね」
「ああ?」
「っすいません!」
何を言われるのかと思えばバッグ。
それも女性が好きそうな…という事はやっぱり。
こんな怖そうな人でも女性の気を引こうとしたりするんだなとついニヤニヤしてしまう。
それが見逃されるわけもなく不機嫌丸出しの顔で睨まれた。
怖過ぎる。
「25の女。並。全体的に並」
「…はぁ」
「なんかのブランドでもいい。店入ったら適当に選ぶし」
「ブランド…あ、ココなんか結構人気だと思います」
「あ?ああ、あの通りにある店か」
「わ!青峰さんでも知ってるんですね」
「ああ?」
「な、なんでもないです」
睨まれてつい背筋が伸びる。
バッグを買うお店は私が挙げたお店に即決定してしまったらしい。
私なんかの意見でいいのかと心配になる。
けれどもう用は済んだとばかりに、青峰さんは持っていた雑誌を乱暴に放ると私を見た。
「エロ本どこだ?」
「エッ!?大きな声で言わないで下さい!」
「お前の声のがでけえ」
「あ、あっち!あっちですよ!」
「不親切な店員だな」
「なッ!」
あの彼女さんという人は、怖いし失礼な事ばかり言うこんな人のどこがいいのだろう。
きっと真性のMに違いない。
頬を膨らませ怒りを抑え込む私を鼻で笑った青峰さんは、如何わしい本のコーナーに向かいながら顔半分振り返った。
「おい」
「なんですか」
「良かったな、お前にもチャンス到来だ」
「何がですか」
「レンタル終了だ」
「レンタル?…なんの…っ!?」
「言っただろ、慰めてやる準備しとけって」
「!」
青峰さんは彼女を奪いに行くのだろう。
奪う、というか取り返しにと言った方が正しいかもしれない。
その表情からは焦りや不安等微塵も感じられなくて、彼女が必ず自分に戻って来ると確信しているようだった。
恐ろしい自信家だ。
でもそれは私にとって有益な事であって、そうなって欲しいと思っていた事だった。
はずなのに、何故か酷く心が痛んで仕方ない。
言うだけ言って私に背を向けた青峰さんに向かって、私はポツリと言葉を漏らした。
「あまり…」
「…あ?」
「大我さんを、あまり傷付けないで下さい…お願いします」
「…」
「お願いします」
「お人好しなヤツだな」
「お願いします」
「…知るかよ。なる様にしかなんねえだろ」
「お願い、っします」
「………バカな女」
頭を下げた視界にあった青峰さんの足が消えた。
彼の言う通り、私は馬鹿な女なのだろう。
彼女さんと青峰さんが元に戻れば大我さんは1人になるわけで、そうすれば私にも僅かでもチャンスはあるわけで。
だけど大我さんが悲しむ顔を想像した時、それは自分が辛い目に遭う事よりもずっと辛く哀しく思えてしまったのだ。
太陽の様に笑う彼の優しい笑顔を曇らせたくない。
大我さんが苦しむなら、私が辛い方がいい…そんな風にさえ思えてしまった。
私の想いは日増しに大きくなる一方だ。

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