Noticing me! | ナノ

06

お店を訪れてから…青峰さんとの衝撃の会話から2日後。
私は大我さんの異動先である隣町の新店舗を訪れていた。
入るのを何度も何度も躊躇ったけれどついに意を決してお店のドアを開けた。
「「いらっしゃいませ」」
スタッフの声が響く。
満席とまではいかなくてもなかなかに混み合っていた。
お目当ての人物を探す為に店内を見渡す。
カウンターにはいない。
事務所にいる?休み?
大我さんだけでなくあの彼女も見当たらない。
そんな事を考えただけでなんだかモヤモヤする。
突っ立ったまま考えていた私は後方に立つ存在に全く気付かなかった。
「いらっしゃいませ。お席は…って、お前…名前!」
「大我さん!」
懐かしいとさえ感じる優しい声に振り向けば、会いたかったその人が居た。
大袈裟に驚いて私の頭をポンポンするその手は以前と変わらない。
けれどきっと彼女にもこうして触れたのだろうと考えた瞬間嬉しさは半減した。
考えなければいいのに私の脳は余計な事ばかり考える。
大我さんに案内されてカウンター席に腰掛ける。
目の前に立つ長身の赤髪が懐かしくて眩しくて思わず目を細めた。
「ほら、出来たぞ」
「ありがとうございます」
差し出されたのはいつものカクテル。
嬉しくなった。
やっぱり大我さんは変わらない。
今だけは私だけの大我さんだと思い込んで嫌な事は忘れたい。
そう思って彼を見上げたけれど、何かを思い悩む様なその表情に私は現実を見た。
「大我さん」
「ん?」
「何か悩み事ですか?」
「え…は!?俺が!?」
「はい。相談、乗りますよ」
「お前が、俺の悩み聞くのか?」
「はい。今まで沢山聞いて貰ったお返しです」
上手く笑えているだろうか。
自信はない。
けれどもっと下手な笑顔を浮かべる大我さんに、私の感情を押し付ける事なんて出来なかった。


「そうなんですね」
「ああ。俺はアレだよな、…邪魔者ってヤツだ」
「そんな事ないです!」
「あるんだよ」
大我さんの話を聞いた。
最初は青峰さんが匿う彼女にちょっとだけ興味が湧いて、悪戯でちょっかいを掛ける気で近付いたのだと聞いて驚いた。
そして気付けば好きになっていたのだと。
彼女には一体どんな魅力があるのだろう。
大我さんが彼女の事を『好きだ』と言葉にする時は酷く甘く柔らかい空気が流れた。
その言葉から彼が本気なのだという事が見て取れる。
嬉しそうに彼女の話をする大我さんは可愛らしかった。
『好き』が溢れて表情も綻ぶ。
それに比例して私の心の中には醜くどす黒いものが渦巻いていった。
私じゃ彼女の位置に立つ事は到底叶わない。
まざまざと見せ付けられた。
自分から相談に乗ると言っておいて碌なアドバイスも出来ない。
だって私は醜い。
私は大我さんの話を聞きながら、彼女が大我さんを振って青峰さんの元へ戻る事を強く望んでいるのだから。
例えそれが大我さんが絶対に望まない事だとしても。
結局私は自分が幸せになりたいのだ。
醜い。
そんな最低な考えの私に天罰が下る。
「キスの先はしたくねえんだ。彼女がちゃんと俺に向くまで」
「!」
「無理強いはしたくねえ」
「…」
「…」
「や、優しい、ですね…大我さんは」
「優しい?んな事ねえよ」
それ以上言葉は続かなかった。
それ程に大我さんの言葉は衝撃的過ぎた。
カウンター下で握り締めた手が震える。
震えを止めたくて両手をぎゅっと握り締めても、予想通り全然止まってはくれなかった。
『キスの先はしたくねえんだ』
それはつまり、キスはしているという事の証明。
好きな人と一緒に住んでいたらそうなるのも自然の事だとは思う。
だけど大我さんにはそんな事して欲しくなかった。
それは私のただのエゴだと分かっているけれど。
これ以上ここに居るのは無理そうだ。
「大我さん」
「ん?」
「すいません、私そろそろ帰らなきゃなんです」
「そうなのか?悪い、長話して」
「いえ、私が言い出したんですから」
「ありがとな。聞いて貰ってちょっとスッキリしたわ」
「良かったです」
「じゃあ、また来いよ。待ってるから」
「はい。ご馳走様でした」
会計を済ませて急いでお店の外に出た。
急な寒さも相まってじんわりと瞳に膜が出来上がる。
鼻を啜って自分すら誤魔化して歩き出した。


どんよりとした気持ちで帰宅。
真っ暗な部屋に足を踏み入れれば更に気分が沈んだ。
『キスの先はしたくねえんだ』
大我さんの言葉がぐるぐると脳内を回る。
キス?なんで?
彼女は…彼女には青峰さんが居るのに何故大我さんとキスなんて。
青峰さんの事が好きなんじゃないの?
それに青峰さんだって…
彼女さんって、あんな大人しい感じなのに2人の事を弄んでるの?
そんな卑しい考えが浮かぶ。
だって仕方ない。
好き合っているならさっさと青峰さんの所に戻ればいいのに。
ていうか戻ってよ!
彼女がもし大我さんを利用しているのだとしたら私は許せない。
憶測でしかない安易で醜い考えは、私の心をどんどん黒くしていった。
嫉妬でこんな事しか考えられない自分が嫌だ。
何もする気になれなくて、ベッドに飛び込んだ私はそのまま目を閉じた。
夢の中でだけは幸せになりたい。

prev / next

[ back to top ]

×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -