Noticing me! | ナノ

05

あれから1週間程経った。
毎日毎日バイトに明け暮れて、1日の始まりがいつで終わりがいつかも分からない日々が続いた。
働き詰めだ。
けれど睡眠はとっている。
寝不足じゃしっかり働けないし。
ただ夢は全く見ずに瞬時に朝になるか、悲しい夢に魘されるかのどちらかだった。
後者は少ないにしても1回の衝撃は計り知れない。
勿論出て来るのは大我さんとあの彼女だ。
夢見が悪かった日の朝は結構しんどい。
黄瀬さんが色々フォローしてくれたけれど、結局の所大我さんが彼女の事を好きだという事はきっと変わらない事実で…彼女さえ振り向けば2人は上手くいくのだろう。
出来る事なら忘れてしまいたいのに、私の足は久しぶりにあのバーに向かっていた。


お店の前で立ち止まる。
寒いから早く入ってしまいたいけれど、踏み込むのにはかなりの勇気が要った。
とりあえず小窓からそっと中の様子を窺う。
平日22時を回った今、店内にあまりお客さんは居なかった。
1人飲みをしている年配の男性が数人だ。
スタッフは…
カウンターには黄瀬さんが居て、見た感じ1人で切り盛りしている様子だった。
大我さんが見当たらない事を確認してそっとお店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ…あ、名前ちゃん!」
「こんばんは」
「いらっしゃい。こっち、おいで?」
「はい、お邪魔します」
にこっと笑った黄瀬さんに促され、私はカウンター席に腰を下ろした。
1人なのかと尋ねれば、事務所に青い頭の人が居るけど出て来ないのだそうだ。
職務怠慢だって。
あの人が居るという事はもう1人のオーナーである大我さんは今日は休みだったのかもしれない。
なんとなく店内を見渡していると、カクテルの入ったグラスが目の前にコトリと置かれた。
赤いカクテルだ。
「…これ」
「あれ、いつもコレ飲んでたッスよね?」
「はい」
「良かった。どうぞ?」
「ありがとうございます…いただきます」
いつも大我さんが作ってくれるカクテルだった。
彼の髪と目と同じ色のカクテル。
綺麗な色。
初めてここに来た時の事をぼんやりと思い出した。
私きっとあの時から大我さんの事を好きになってたのかもしれない。
外見に見惚れただけだなんて変な意地張ってたけど。
おかしな敬語を使う大我さん、可愛かったな。
思わず微笑んだ私に黄瀬さんが息を吐いた。
「元気そうッスね」
「え」
「なーんにも連絡寄越さないから心配したんスよ?」
「!ごめんなさい!」
「いいんス。元気なら」
「黄瀬さん」
「でもちょっと残念なお知らせ」
「…」
黄瀬さんの表情が少しだけ曇る。
なんとなく背筋が伸びた。
「火神っち、異動んなったッス」
「え!?…異動?」
「隣町の新店舗にオーナーとして」
「そうなんですか」
「それで、そこのオーナー代理は…彼女っちッス」
「!」
「ごめん。でも言っとかなきゃと思って」
「いえ、いいんです。ありがとうございます」
予想もしていなかった。
大我さんはもうこの店には居なかった。
異動、か。
しかもあの彼女を連れて。
家から一緒に店に行って、1日一緒に働いて、一緒に帰って、一緒に夕飯を囲んで…
自分の願望とも思える妄想を繰り広げる。
けれどそこに居るのは自分ではなくて、あの可愛らしく儚げな彼女だった。
小さく息を吐きカクテルを一口ゴクリと飲み込めば、甘いはずのそれは少しだけ苦く感じた。


「おい」
「!」
「おい、お前だよ」
「!?わ、私!?ですか!」
「お前、火神の何?」
「え!?」
黄瀬さんとサヨナラして店を出た私に声を掛けて来たのは、あの強面の青い髪の人だった。
青峰さん。
突然暗がりから出て来た上に低い声で話し掛けられて身の毛がよだった。
そんな事口が裂けても言えないけど。
その唐突過ぎる問い掛けに戸惑った。
「な、何って…なん、でしょう」
「はぁ?」
「!ええと…ただの馴染み客、でしょうか」
「…なんだよ。その程度か」
酷い言い様だ。
自分で言って落ち込んだのに更に落ち込まされた。
大打撃だ。
私が何をしたというのだろう。
ただでさえ怖いのに心底面倒臭そうにチッと舌打ちをしたその人は、高い位置からギロリと私を見下ろした。
怖い、目で射殺されそうだ。
更に高圧的な物言いが続く。
「ちんたらしてねえでアイツの事なんとかしろ」
「え?」
「え、じゃねえ。火神だよ」
「大我さんを、なんとかしろってどういう」
「他の女匿ってんだぞ?お前それでいいのか?」
「!」
この人は私にどうしろと言うのか。
そんな事を言われても私には何も出来ないのに。
彼女を家に住まわせている大我さんに私が言える事なんて何もない。
そんな事したらただの邪魔者だ。
だからってこのままでいいかと言われたら全然良くなんてない。
だいたい彼女はこの人の家に居候していたはず。
なのになんで大我さんが連れて帰る事になったのか。
状況は分からないけれど目の前の怖い人に私は少なからず憤りを感じている。
青峰さんの言いたい事を測り兼ねていると、彼は私を見下すかの様に鼻で笑って私の地雷を踏んだ。
「ま、人のモンに手ぇ出す最低野郎だけどな」
「なっ!っ大我さんはそんな人じゃありません!!」
「…あ?」
「人のモンって!あの人が貴方のものなのだとしたら手放した貴方が悪いんでしょう!?大我さんが連れて帰るのを止めれば良かったじゃないですか!人のせいにするなんて最低です!」
「最低、だと?」
「!う、わ、っごめんなさい!言い過ぎましたっ」
大我さんの事を悪く言われた事にカチンと来て、思ってる事を全部ぶちまけてしまった。
慌てて全力で頭を下げて言い過ぎた事を詫びる。
一言も発しなくなった青峰さんに恐怖を覚える。
やばい…本気で怒らせたかも!
下げた頭を少しだけ持ち上げて恐る恐る青峰さんを見遣る。
目の前に居たのは私が想像していたものとは全く違う表情の青峰さんだった。
「…え」
「…」
物凄く高い位置から、眼球が飛び出そうな程目を見開いて私を見ていた。
正確には見下ろしていた、だけれど。
そんなに驚かせる様な事を言っただろうか?
今までに人からあんな暴言を吐かれた事が無かったとか。
それも年下のこんなちんちくりんな女から。
だとしたら私はなんとも恐ろしい事をしでかしてしまった事になる。
ほぼ初対面なのに!
「あ、の…」
「…お前」
「っはい!」
「腹立つな」
「!?ごめんなさい!ほんとすいません!」
「否…いい、謝んなくて」
「はい!本当にごめんな、さ…え?」
「うぜえ。謝んな」
「!」
「…火神の事慰める準備しとけよ」
そう言うと青峰さんは私に背を向けあっという間に姿を消した。
残された私は暫く立ち尽くした後我に返る。
「え、え!?」
青峰さんってよく分からない。
絶対怒られると思ってたのに。
いまいち腑に落ちないまま私もお店を後にした。

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