Noticing me! | ナノ

04

行かなければ良かった。
モヤモヤモヤモヤ…今の私の心の中はこんな感じがぴったりで、病み上がりのこの体にはかなり堪える。
昨日1日で熱が下がった私は午後からのバイトを通常通りこなした。
その後足は自然とあのバーに向いていて、気付けばお店が見える場所まで辿り着いていた。
そして私は今、黄瀬さんの言う事をちゃんと聞いておけば良かったと全力で後悔している。
『今日?お店やってるッスけど…』
「大我さん居ますかね?」
『火神っちは…一応居るッス、オーナーだし』
「じゃあ夜行こうかな!」
『あ、夜は18時閉店ッスよ?』
「ああ!そっか!えー間に合わないなぁ…閉店作業とかしてたら19時くらいにならないかなぁ」
『名前ちゃん、今日は止めといた方がいいッス』
「え?なんでですか?」
『閉店後はお店で新年会なんスよ』
「え!そんなのあるんですか!?いいな!」
『残念ながらスタッフオンリーッスよ』
「ですよねぇ。でも顔くらい見たいなぁ…」
『…止めといた方がいいッス、名前ちゃん』


ちょっとだけなら顔覗かせても平気かななんて軽い気持ちだった。
そう思ってお店に向かって一歩踏み出した私の足は、お店から出て来た人を見てピタリと止まる事になる。
「…大我さん、と…誰?」
先に出て来たのは大我さんで、続いて大我さんに手を引かれながら出て来たのは見知らぬ女の人だった。
勢いで飛び出さなくて良かった。
でもあの女の人、俯いて顔はよく見えないけど…泣いてる。
その女の人を労わる様に支える大我さん。
彼女を支える大きな手は優しく、大切な物を扱う様に触れている。
私は理解してしまった。
大我さんはあの人の事が好きなんだ。
私が見た事のない表情をしていた。
彼女が心配で仕方ないと、言うなればそう…『慈愛』に満ちた表情だ。
私の知らない大我さんの顔。
それらを全て理解してしまった瞬間、私の頭は真っ白になった。
お兄ちゃんが取られちゃう。
お兄ちゃん?…違う。
大我さんはお兄ちゃんなんかじゃない。
大我さんは私にとって…
ハッと気付いた時にはもう遅かった。
いつの間に乗り込んだのか大我さんの車はお店から遠ざかって行く。
「現場見ちゃってから気持ちに気付くとか…私ってホント残念な女」
報われない恋をしてしまった。


「俺鍵閉めとくッス!…て、え!?名前ちゃん!?」
「あ、黄瀬さん」
「っえ、ちょ!ど、どうしたんスか?」
「…っはは……来ちゃいました」
「名前ちゃん」
ボーっと立ち尽くしていた所で、お店の鍵を閉めようと出て来た黄瀬さんに出くわした。
他の皆さんは裏口から出て行ったのだろうか。
表には黄瀬さんの他に人は見当たらなかった。
私を見て驚いた顔から憐れむ表情に変わった黄瀬さん。
彼は気付いていたのかもしれない。
私が大我さんの事を『お兄ちゃん』ではなく『男の人』として好きになっていた事に。
だからこそきっとああ言っていたのだ。
『…止めといた方がいいッス、名前ちゃん』
人の助言は聞くものですね、黄瀬さん。
へらりと笑えば戸締りを済ませた黄瀬さんがこちらへやって来た。
「送ってくッス」
「だ、大丈夫ですよ!大丈夫!」
「全然大丈夫に見えないッスよ」
「今はあんまり優しくしないで下さい」
「ほっとけないッス」
「な、泣きそうだから止めて下さい」
「…名前ちゃん」
ポンと頭に乗った手がとても温かくて、目の前がじんわりと滲んだ。


「黄瀬さん、ありがとうございました」
「いいんスよ。これくらいなんて事ないッス」
「…」
「?どうかした?」
「大我さんと一緒にいた女の人」
「ああ、彼女っち…」
「彼女さん、ですか。可愛らしい人ですね。なんだか守ってあげたくなる様な」
大我さんに支えられて俯く彼女を思い出していた。
自分をそこに当てはめてみたけれど、あんな風にいい雰囲気にはとてもなれそうにない。
自分で言って虚しくなって項垂れれば黄瀬さんの手がまた頭に乗った。
「片思いッスよ」
「え?」
「あれは火神っちの片思いッス」
「…黄瀬さん。そういう慰めは要らないですよ」
「慰めじゃないから。現に彼女っちの居候先は青峰っちだし」
「さっき、一緒に帰って行ったじゃないですか」
「それは…そうッスけど」
「…ごめんなさい。1人でウジウジして」
「え?…っぷ!ウジウジって!あはは!」
「ちょ!なんで笑うんですか!?」
いきなり笑い出した黄瀬さんに戸惑う私。
何がそんなにおかしいのか、黄瀬さんは私の頭に乗せた手をワシワシと動かして髪を乱した。
「な!何ですか!」
「名前ちゃん!なんか言う事可愛いッス、ウジウジ!くはは!」
「ひど!そんな笑う所じゃないですよ!」
「っごめんごめん!」
「もう…っふ、はは」
黄瀬さんの明るい笑い声に思わず私も笑いを漏らした。
そんな私の顔を見て安心した様に微笑む黄瀬さん。
なんていい人。
今日は黄瀬さんに救われた。
「ありがとうございます」
「俺はなんもしてないッスよ」
「ありがとうございます」
「名前ちゃんて結構頑固で意志強そうッスよね」
「よく言われます」
「やっぱり?でも名前ちゃん…しんどい時はいつでも連絡して」
「…はい。ありがとうございます、黄瀬さん」
「うん、いい返事。じゃあ。おやすみッス」
「おやすみなさい」
黄瀬さんが見えなくなるまで見送った。
あのまま1人で帰るよりずっと気分が楽になったと思う。
もう一度心の中で黄瀬さんにお礼を言って、真っ暗な自分の部屋の扉を開けた。

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