Noticing me! | ナノ

02

『もう、いつまでもフリーターなんかやってるなら家に戻って来なさい!』
「自分でやり繰りしてるんだからいいじゃん!」
『そういう問題じゃないの。そんなに家に戻るのが嫌ならさっさと嫁の貰い手でも探しなさい』
「うわぁ…彼氏も居ない可哀想な私にそんな事言う?」
『だったら帰って来なさい』
「嫌。じゃあね!あ、お母さん。体、気を付けてね」
『ああ、ありがとう、って待ちなさい名前!』
何度繰り返しているか分からない母との電話を強制終了。
いつもの事だ。
一人娘がフリーターで一人暮らし。
こう言われるのも無理はないとちゃんと分かってる。
けれど自分のやりたい事を見つけたいと言って家を飛び出してしまった手前、そう簡単に帰るわけにもいかないのだ。
有る様で無い様なちんけなプライドが実家に帰る事を拒否していた。
帰ってしまえばまた親に甘えてしまう。
「って言っても…やりたい事なんてそう簡単に見つかるわけないんだよねぇ」
「でかい独り言ッスね」
「あ、すいません」
突然私の独り言に突っ込んで来たのは黄瀬さんだ。
バーで働いているイケメンさん。
今日は大我さんはお休みで、黄瀬さんと数人のスタッフで営業していた。
大我さんが居なくて心底ガッカリしたのは黄瀬さんには秘密だ。
多分バレてるけど。
「そういえば最近ココに凄い子が来たんスよ」
「スゴイ子?お客ですか?」
「そう。さすがに驚いたッス」
凄い子って?
黄瀬さんは首を傾げる私に一度微笑むと、作業をしながらその『凄い子』について話してくれた。

「名前ちゃんみたいに1人で飲みに来たお客で、割と普通の女の子に見えたんスけど」
「見えた?」
「そ。結構なペースで飲んでて…顔色変わんないし大丈夫だろうって俺が飲ませ過ぎちゃったのもいけなかったんスけど。最後の1杯って渡したヤツをグーッと煽っちゃって…」
「わあ」
「そしたら身の上話始めたんスよ。結構シビアなやつ」
「え!何ですか?それ」
「その子彼氏と同棲してたっぽいんスけどクリスマス前にフラれて、新しい彼女が家にある彼氏の荷物全部取りに押しかけて来たらしいんス」
「うげぇ」
「あと可愛がってたなんかの動物が一遍にに死んじゃったらしくて、挙句の果てに…」
「な、何ですか…」
「家も仕事も捨てたんだって」
「ええ!?」
「で、自分にはもう何も必要ないとか言って荒れ始めたんスよ。またコレが凄いんだ」
「更にですか!」
「うん。彼氏に貰ったバッグ要らないって放り投げて、財布からお金ぶちまけて通帳まで出してきたんス」
「な、なんで…」
「このお金で飲めるの全部ちょうだいって」
「………」
「まだあるんスよ〜?」
「ええ!?これ以上何が!?」
「暑いから服も要らない、脱ぐ!って…しかも止める様に言ったらじゃあ脱がして!だって」
「…す、スゴイ人、ですね」
「あの時は、ね。まあ本来はそんな子じゃないんスけどね」
「で、ですよね」
本当に凄い話を聞いてしまった。
でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ羨ましいとか思ってしまう。
酔っていたとしてもそんな風に開放的になれるなんて。
「それでその人はどうしたんですか?」
「ああ、それが…ここのオーナーが持って帰ったんス」
「え!?持って、帰った!?」
何の気なしに聞いた私は黄瀬さんの返答に固まった。
オーナーが、持って帰った!?
オーナーって…ここのオーナーって確か…
「ホント、あの時は丁度いい所に来てくれて助かったッスよ」
「えっと…じゃあ、その人は一緒に住んでるんですか?」
「そうみたいッス。家もないしね」
「…」
「名前ちゃん?」
「!あ、えと!今日はもう帰ります!ご馳走様!」
「?…うん、また待ってるッス」
「それじゃ!」
レジで支払いを済ませて急ぎ足で店を出た。
…女の人を、持って帰った。
大我さんが。
私は動揺していた。
大我さんが優しくするのは私だけではないと思った時、凄く胸の奥がモヤモヤしたのだ。
兄を取られてしまうという感覚はこんな感じなのだろうか。
気持ちの悪いこの胸のモヤモヤを振り払いたくて冷たい空気を目一杯吸い込んで吐き出した。
「優し過ぎるのもちょっと問題ですよ…大我さん」
白い息と共に吐き出された独り言は本人に届くはずもない。
ポケットに手を突っ込んで寂しい我が家への道を歩いた。


バイトに明け暮れた私は数日間バーを訪れなかった。
大我さんには会いたかった、多分。
でも居候さんの話を聞きたくなかったんだと思う。
大我さんと話すのは他愛も無い楽しい話がいい。
けれど働き詰めで疲れ果てた心は吐き出し口を求めていた。
大我さんに会いたい。
それに今日は大晦日…大我さんに『お世話になりました』と『来年もよろしくお願いします』を伝えたい。
そう思った私は久しぶりにバーを訪れた。

「名前!久しぶりだな!」
「こんばんは」
「狭いけどここ座れよ」
「はい」
大我さんに促されたのはカウンターの一番端。
混み合う店内で唯一空いていた席だった。
いつもの様に私の好きなカクテルを作り始めた大我さん。
…見た所、特に変わった様子はない。
「なんだよ名前。俺どっかおかしいか?」
「え!?」
「じっと見てるからなんかあんのかと思って」
「な、何もないですよ!ちょっと疲れてて…ボーっとしちゃいました」
「そうか?まあゆっくりしてけよ」
「はい」
ちょっと見過ぎてしまったらしい。
はにかむ様に優しく笑った大我さんに少しだけドキリとした。
1杯目を飲み終える頃、お店の奥の扉が開いて見知らぬ人が出て来た。
これまた大我さん並みに背が高い。
このお店のスタッフさんの平均身長いくつなんだろう。
そんな事を考えながらちびちびとカクテルを飲んでいると、大我さんがその人に向かって声を掛けた。
「青峰!こっち手伝えよ!」
「…はぁ?カウンターはお前1人でいいだろ」
「バカ言え!ちょっとは仕事しろよ、お前もオーナーだろ!」
「え?」
「ん?」
大我さんの言葉に私は固まり、瞬きを数回繰り返した。
オーナー?
あの青い頭の人が?
「どうした?」
「え、いや、あの…大我さんって」
「ん?」
「オーナー…ですよね?」
「ああ、でもアイツも…青峰も同じだ」
「そう、なんですか…」
チラッと青峰と呼ばれた強面の人に視線を送る。
一瞬目が合ったけどすぐに逸らしたくなる程、その…凶悪な顔つきだった、怖い。
「そういや青峰。彼女元気か?手伝って貰って俺らは助かったけどよ、急に働き過ぎて疲れてるんじゃねえか?」
「さあな。家でテキトーにやってんだろ」
「テキトーってなんだよその言い方は」
「うるせえな、とっとと働け」
「それはコッチの台詞だ!」
「…彼女、さん?」
聞き慣れない女性の名前に思わず反応する。
それからその人が青峰という人の家に居るという事を考えて勝手に導き出した答え…
「彼女さんって…まさかあの凄いヒト?」
「ん?名前、彼女の事知ってんのか?」
「あ、その人かは分からないけど黄瀬さんからちょっと聞いて…し、仕事も家もない、とか」
「なんだ、知ってたのか!」
「え!じゃあ大我さんの家に居るんじゃないんだ!」
「は?」
「あ!や、…ええと…私、その人が大我さんの家に居候しているのかと思ってたので」
「俺の家じゃねえぞ?青峰んちだよ」
「そうなんですね」
ホッとしていた。
大我さんの言葉を聞いて、女性が家に居るわけではないと知って。
『兄』の貞操は守られた。
なんて、私がこんな事を思っているなんて大我さんは気付きもしないんだろう。
兎にも角にも、私は心底ホッとしていた。

prev / next

[ back to top ]

×
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -