Noticing me! | ナノ

01

「大我さん、こんばんは」
「おう、いつものでいいか?」
「はい。お願いします」
いつもの会話で楽しい楽しい時間の始まりだ。
大我さんは明るくて優しくて、話していると1日の疲れも吹き飛んでしまう。
だからつい足繁く通ってしまうのだけれど。
でもこうやって無事常連になった私は、約束通り大我さんに名前を覚えて貰えた。
『名前』と呼んでくれる。
それが嬉しくて仕方ない。
好きになったわけでもないのにどうしてだろうと考える。
そうして辿り着いた答え。
それは多分、大我さんは私にとってお兄ちゃんみたいな存在だからなんだと思う。
私にはキョウダイがいない。
昔からお兄ちゃんかお姉ちゃんが欲しくてずっとこうやって誰かにゆっくり話を聞いて貰いたい、甘えたいと思っていた。
そんな念願が今叶った様な気がしているのだ。
話を聞いてくれるし助言もしてくれる。
良い事は良いと、駄目なものは駄目とハッキリ言ってくれる。
そして豪快に大声で笑って私を元気付けてくれるから、この時間は私にとって何物にも代え難いとても心地のいい時間になっていた。
こんな感覚はきっと生まれて初めてだと思う。


数日ぶりに訪れたお店で私はまたカウンターを陣取っていた。
いつものカクテルをお願いしていつもの様に大我さんとお話しながら。
今日の店内はなかなかに繁盛していたのでずっとおしゃべりというわけには行かなかったけれど。
別に見ているだけでも良かった。
カクテルを作ったりお客さんを相手している大我さんを見ているのも楽しい。
「名前、おい名前!」
「うー…ん?」
「起きろ、もう閉店だぞ?」
「へい、てん?」
「お前飲み過ぎだ」
気持ち良く飲んでいたはずがいつの間にかカウンターに突っ伏して寝ていたらしい。
そんなに飲んだつもりはないのに今日はやけに酔ってしまった。
最近はちょっとバイトを詰め込み過ぎていたから思ったよりも疲れが溜まっていたのかもしれない。
明日が休みで良かったとホッとしつつも、今すぐに体を起こす事は難しそうだ。
ああ不味い、目の前が歪んで見える。
「大丈夫か?名前」
「う、…はい」
「誰かに迎え来てもらうか?彼氏は?」
「…そんなのいませんよ、ふんだ」
「何拗ねてんだよ、じゃあ家族は?」
「一人暮らしです」
「しょうがねえな。ちょっとそこで待ってろ」
「ん?…え?」
顔を上げると既に大我さんの姿は無かった。
タクシーでも呼んでくれるのかな?
そんな事をぼんやり考えながら待つ事数分。
バーテン服を脱ぎ私服姿になった大我さんが私を覗き込んだ。
うわ…かっこいい、んですけど。
ぶれる視界でもよく分かる彼の男前な姿に思わずニヤけてしまう。
「何笑ってんだ、気持ちわりいな。ほら、行くぞ」
聞き捨てならない事を言われた様な気がするけど、今の私に言い返す気力も自力で立ち上がる力もない。
ぼんやりと視線を上げればおデコに軽めのチョップが飛んで来た。
「いて」
「痛くねえだろ、酔っ払い」
「痛い気がしました」
「っはは!なんだそれ?ほら、立てるか?」
「はい、多分」
大我さんが私の腕を掴んで引き上げた瞬間、一気に血の気が退いた様に眩暈が襲う。
『名前!?』という焦った様な大我さんの声を聞いたのを最後に私の意識はブラックアウトした。


カラカラに渇ききった喉が痛みを訴えゆっくりと意識が浮上する。
重い瞼を持ち上げると見慣れた天井が視界に入った。
目が開いたはいいが寝ているはずなのにぐわんぐわんと脳が揺れる感覚がしてギュっと目を閉じた。
幾分か和らぐも体調は最悪だ。
ボーっとするし頭も喉も痛い。
「…そういえば…家だ」
私は自宅のベッドに寝ていた。
昨日の記憶を辿れば大我さんを最後に見たのはお店。
自力で家に帰った記憶もない。
これはまさか…でも…。
否、気のせいでも何でもなく確実に大我さんが私を家まで運んでくれたのだ。
酷い迷惑を掛けてしまったと深く布団を被って反省。
うわ…これは酷い。
身動ぎしただけで凄まじい頭痛が襲った。
やっと辿り着いた休日は1日頭痛との戦いになりそうだ。
気怠い体をノロノロと動かして体を起こせば、ベッドサイドに置かれたメモ書きが目に入った。
『1日ゆっくり休めよ!何かあれば連絡しろ!カギはポストの中な!090-xxx-xxxx』
メモ書きの隣にはミネラルウォーター。
視界に入れた瞬間喉の渇きが酷くなった気がしてペットボトルを手に取る。
するとキャップは既に開いていて力を加えなくてもすぐに開ける事が出来た。
ゴクゴクと水を流し込んで少し辺りを見回すと、加湿器とエアコンがついていた。
道理で暖かいわけだ。
大我さん気が利き過ぎです、と苦笑い。
本当にお兄ちゃんの様だ。
否、むしろお母さんの様に世話焼き?
どちらにしても今の私には大変有り難い事だ。
それにしても…
メモに視線を戻せばそこには090から始まる番号の羅列。
私の大失態が原因ではあるものの思わぬ形で大我さんの携帯番号をゲットしてしまった。
頭痛が落ち着いたらお礼の電話をしようと決めてもう一度ベッドに埋もれる。
大我さんの言う事を聞いて今日はまるっと休息だ。
夢に大我さんが出て来てくれたらいいのになと思いながら目を閉じた。

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