Noticing me! | ナノ

21

「いらっしゃいませ!」
ホールに響く自分の声がいつもより大きいのはちょっと意図的だ。
空元気というわけじゃない。
ただうじうじしているのが嫌になっただけ。
昨日大我さんに「好きです」と言った事が自分にとってプラスに働いていた。
なんて単純なヤツだと笑いたければ笑ってくれていい。
一方の大我さんはかなり呆気に取られている様だ。
朝いつもの様にエプロンの紐を結んでポンしたら大袈裟に姿勢が良くなって笑ってしまった。


夜の営業に切り替わった店内は淡いオレンジの光で落ち着いた雰囲気になる。
客足が一旦少なくなっている今、私は30分の休憩を貰って店内で昼夜込みの食事を摂っていた。
カウンターでグラスを磨く大我さんに見惚れているとふと目が合う。
瞬間手がピタリと止まって、弾かれた様に視線を逸らされた。
内心結構傷付いたけれど表情には出さずに平静を装った。
小さく吐いた息は見逃して欲しい。
「名前ちゃん、こっちこっち」
「…あ!黄瀬さん!、と青峰さん!?」
後ろの方から声が聞こえて振り返る。
一番奥の角の席、カウンターや私の席からは死角になる席に黄瀬さんと青峰さんが座っていた。
私が事務所に入った時に他の誰かが案内したらしく気付かなかったわけだ。
多分大我さんも。
「ああ?なんだよその嫌そうな顔は」
「え!いやそんな顔してないです」
「ならお前相当ブスだな」
「ブッ!自覚はしてますけど失礼ですよ青峰さん!」
「あはは!青峰っちは彼女っち以外に当たり厳しいッスからね〜」
「はぁ!?なんでそこにアイツが出てくんだよ」
「確かに〜。ホント大好きなんですね、彼女さんの事」
「はぁ!?」
ニヤニヤしながら青峰さんを弄る黄瀬さんに便乗する。
彼女の名前を聞いても言っても動揺はしなかった。
うん、強くなった私。
黄瀬さんが手招きしたので食事を持って移動する。
青峰さんが「来んのかよ」って言ってたけどそれは聞こえなかった事にしよう。
「名前ちゃん」
「はい?」
「ちょっと可愛くなったッスね」
「っぶふ!」
「汚ねえな。次いでに言っとくとそりゃねえわ、黄瀬」
「青峰っちー」
「黄瀬さん…青峰さんの言う通りそれはないですけど、青峰さんさっきからホント失礼ですよ」
「あ?意味分かんねえよ」
「私も意味が分かりません」
「はあ?」
「青峰さん煩いです」
「ねえ、名前ちゃん」
「はい」
真っ直ぐ私を見つめて来る黄瀬さんに応える様に見つめ返す。
金色の綺麗な瞳は優しく細められて、そのあまりの綺麗さに危うく引き込まれてしまう所だった。
「火神っちも困った男ッスね〜」
「え?」
「こんなイイ子がいるのにノロノロと…全く何やってんだか」
「黄瀬さん?」
「男らしくねえッス」
「…」
「男ならなんていうかこう、ビシッと」
「ちょっと黄瀬さん。撤回して下さい、大我さんは男らしいです」
「…へ」
「大我さんの事悪く言うの止めて下さい」
「え、いや…名前ちゃん?」
「大我さんは優しくてあったかくて凄くいい人で」
「ちょ、名前ちゃん」
「私の好きな大我さんの事悪く言うなんて、黄瀬さんだって許せません!」
「あ」
「お」
「…え?」
黄瀬さんの言葉に思いの外声を張ってしまった事にハッとした。
そしてテーブルを挟んだ向こう側に座る2人が同時に動きを止め、私の頭上を見上げる姿に首を傾げる。
その視線を辿ってゆっくりと振り向けば…
「よ、よう…その…お疲れ」
「!…お疲れ様です」
彼らの分の料理を手に大我さんが立っていた。
今の…間違いなく聞こえたよね。
ま、また好きって言った私。
思わず顔を正面に戻すと、私たちを交互に見ながら青峰さんがニヤニヤと笑っている。
もうホントこの人嫌!
「火神、早くそれ寄越せ。腹減ってんだよ」
「!あ、おう!悪い」
「あ?つうかオレらこんなの頼んだか?」
「っコレは…、」
「あ!名前ちゃんの分スか!」
「え?」
青峰さんが指差したのはこんもりとフルーツが乗せられたジェラートだった。
凄く美味しそう。
もう一度振り返ると大我さんとバチっと目が合った。
「休憩、遅くなっちまったしよ。疲れただろ?つ、疲れた時は甘いもんってよく言うし、」
「ありがとうございます!大我さん!」
「っおう!」
どうにも嬉しくなって思いっきりの笑顔と共に大声を張り上げる。
青峰さんがボソッと「コイツ犬かよ」とかまた失礼な事を言っていたけどもうそんなのは無視だ。
隣に目をやると黄瀬さんがにっこり微笑んでいた。
誰かさんと違って黄瀬さんは優しい。
「良かったッスね、名前ちゃん」
「はい!この後も頑張れます!」
「いや〜、名前ちゃんってホント素直っていうか。可愛いッスね」
「え」
「は?」
「なっ!」
優しく微笑む黄瀬さんの手がポンと私の頭に乗った。
黄瀬さん以外、三者三様の反応を見せる。
私は唖然。
青峰さんは「何言ってんだ、コレがか?」とばかりの白けた表情。
大我さんは…
「黄瀬」
「なんスか?」
「手、退かせよ」
「ん?別にいいじゃないスか。火神っちがなんでそんな事言うんスか?」
「え」
「名前ちゃんの彼氏じゃあるまいし」
「っ」
「き、黄瀬さん」
「…俺、戻るわ…ゆっくりしてけよ」
分からなかった。
大我さんは見たことないくらいの、言ったら失礼だけど眉を下げた頼りない顔をしていて…その表情からは心境が読み取れなかった。


翌日から、大我さんと私の間には妙な溝が出来ていた。
いや、溝が出来たというよりは壁を作られたと言った方が正しいかもしれない。
「おはようございます!大我さん!」
「…ああ…はよ」
「?大我さん、調子悪いですか?」
「いや、平気だ。今日もよろしくな」
「はい!」
いつもより覇気のない返事に心配になって近付くと、少し身を引かれた気がしてドキリとした。
今…私の事、避けた?
勿論そんな事聞けるはずもなく、私は大我さんの後を追ってホールに出る。
些細な事が少しずつ私の心を寂しくさせた。
私は嫌われてしまったんだろうか。
あの大きな手で頭をポンポンされるのが好きだったのに、大我さんが私に触れて来る事はなくなった。
会話も仕事以外ではあまり交わさなくなって…
こんなのは嫌だ。
大我さんの意図は読めないけれど私は諦めたくない。
『もう近寄らないでくれ』そう言われるまで諦めてなんかやらない。
せっかく近付いた距離をなんとか繋ぎ止めたくて、私は何度あしらわれたって懲りずに大我さんを追い掛けた。

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