Noticing me! | ナノ

19

『名前ちゃん、彼女です。こんな時間にごめんね』
「…い、いえ」
『ちょっと話したい事があって』
「私に、ですか?」
『そう』
赤司さんの計らいで急遽の休みになった昨日は結局家でダラダラ過ごした。
当然の報いだ。
更に今日は元々休みだった大我さんは予定通り居なくて、つまり私は2日彼の顔を見ていない。
大我さんのいないお店は寂しかったけれど、正直合わせる顔がないと思っていた私には有り難かったのかもしれない。
なんとかミスもなく1日を終えた。
そして閉店作業を終えて帰ろうとした所に思わぬ相手からの着信で事務所に足止めを食らったのだ。


『火神さん、今日お休みだったみたいだね』
「!…はい」
『名前ちゃん』
「はい…?」
『…私が言うのも変かもしれないけど…何かあった?』
「え」
『あ、今日ね、火神さんがこっちに飲みに来てくれて。凄く久しぶりに会ったけどなんかあまり元気ないみたいに見えたから』
「そ、そうなんですか」
『うん』
「…」
『それとね…名前ちゃんの話になったら凄く動揺しててなんだか様子がおかしかった様に見えたから、何かあったのかなって』
「…気のせいじゃないですかね」
『そうかな』
「た、大我さんが私の事で動揺するなんて…有り得ないです」
『…名前ちゃん』
モヤモヤした。
大我さんが夢の中で呼んだのはこの人だ。
凄くいい人だって分かってる。
だって大我さんが好きになる様な人だ。
そんな人の事をお節介だとか余計なお世話だとか知った様な口聞かないでとか思ってしまう私はやっぱり捻くれてて醜い女だ。
彼女の優しい声音が私のイライラを増幅させる。
これ以上話していたくない。
『名前ちゃん、あのね』
「彼女さん」
『うん?』
「ごめんなさい。まだ閉店作業終わって無くて」
『え、あ!ごめん!そうだよね、今日火神さん居ないし大変だったよね』
「せっかく電話下さったのにすみません」
『いいのいいの!こんな時間にかけた私が悪いんだから』
「じゃあ」
『うん……名前ちゃん』
「はい?」
『火神さんは、真っ直ぐな人だよ』
「…」
『人にも自分にも嘘が吐けない、真っ直ぐな人』
「!……お、お疲れ様でした」
『うん、お疲れ様。またね』

通話を終えて深く息を吐きデスクに突っ伏した。
彼女が優しい声に乗せて発した『人にも自分にも嘘が吐けない、真っ直ぐな人』という言葉が耳に残る。
「…だから…なんだっていうの」
小さく呟いた言葉は一人きりの事務所に思いの外響いた。
心身ともに疲れ果てそっと目を閉じれば一気に意識が遠退いて暗転した。
もう何も考えたくない。


ガタンッ!!
「…ん」
遠くで物音が聞こえてゆっくり脳が活動を始める。
目を開けようとしたけれど全然開かなくて、体はまだ動きたく無い様だ。
「名前!」
「ん」
さっきの物音よりずっと近くで私を呼ぶ声が響いた。
この声は…
ぼんやりと考えているうちに今度は体に衝撃が走った。
両肩を掴まれて引き上げられたのだ。
「名前っ!!」
「ん、ッ!?」
テーブルに伏していたはずの私は仰向けになり体は逞しい腕に支えられて、やっと開いた目の前には鬼気迫る表情の大我さんがいた。
ふわりと体が浮き上がり視界が高くなる。
これって、夢?
「名前!」
「大我、さん?」
「っ何があった!何処か痛むか!?具合悪いのか!?」
「え」
「体っ、冷てえじゃねえか!きゅ、救急車!」
「え、ちょっと、待ってくださ」
「名前!待ってろ!今温めて」
「ちょ!大我さん!?」
ついに脳がハッキリ覚醒して体にも力が入るようになった。
慌てて足をバタつかせれば更に私の体は彼に密着した。
「名前!大丈夫なのか!」
「っだ、大丈夫です!大丈夫ですからっ」
「んな事言ったって!」
「大我さん!あの!私、寝てただけでっ」
「……寝てたって…は?」
「今何時ですかっ」
「9時、だけど」
「ごめんなさい!私お店で一晩明かしちゃった!」
「…」
「す、すみません」
「…」
失態だ。
昨日彼女さんとの電話を終えた後すっかり寝入ってしまったらしい。
やらかしてしまった事に落ち込むのと同時、大我さんにまるでお姫様の様に抱えられているこの状況に一気に羞恥が湧き出した。
きっとみるみる赤くなっているだろう顔を隠そうと手を動かした瞬間大我さんの腕が更に私を引き寄せ、私の顔は彼の首元に埋まった。
彼の匂いに包まれる。
「!」
「良かった…どうかしちまったのかと思って」
「大我さん」
「お前に何かあったのかと思ったら…はぁ…良かった」
「っ」
無遠慮に私をぎゅうぎゅうと締め付ける彼の腕は震えている様な気がした。
大我さんが私を心配してくれた。
そう考えただけで頬が上がりそうになる私はやっぱりゲンキンな女だ。
彼の大きな背中に自分の腕を伸ばしてみる。
ぎゅっとしがみ付けば、大我さんは私をもっともっと強く抱き締めてくれた。
それから顔を寄せ私の耳に触れたのは彼の熱い唇。
ビクリと身を震わせるとそれは耳を伝いそっと首筋に触れる。
「っ」
「名前」
「っ大我さん、あの、」
思わぬ展開に焦り始め制止を求めようとした時、
ガチャリ
「「!?」」
突然事務所のドアが開き、そこに立っていた人物を見て私は固まった。
「…そういう事は家で済ませて来てくれ」
「っ赤司!」
赤司さんだ。
慌てて大我さんから下りようと体を動かしたけれどがっちり支えられていて動けない。
これ以上はもう本当に限界だと声を上げようとすると、それは大我さんの言葉によって遮られてしまった。
「赤司」
「なんだい?火神」
「名前の具合が悪いみてえだから、今日は休ませる」
「…そうか」
「ああ。んで、悪いんだけど俺今日も休み貰うわ」
「それで店が回るのであれば俺は構わないよ」
「大丈夫だ。信頼出来るメンバーばっかだからな」
「ならさっさと連れて帰るといい」
「ああ、そうする」
呆然とする私を尻目に赤司さんは口元を吊り上げた。
颯爽と去って行く後ろ姿をポカンとしながら見ていると、体の支えが少し緩んで私はそっと地面に下ろされた。
「本当に大丈夫なのか?」
「はい…すいません、ご心配お掛けしました」
「いや。お前が無事ならいい」
そう言って大我さんは私の頭にポンと手を乗せる。
それが心地良くて目を細めると、突然大我さんの目が大きく見開かれた。
同時に勢いよく手が離れる。
「!」
「大我さん?」
「わ、悪い!」
「え」
「あ、いや…」
「…」
「なあ、名前」
「はい」
「こないだの休みの分…仕切り直ししてえんだけど」
「え?」
「せっかく赤司がくれた休み、無駄にしちまったから」
「…」
「お前が嫌じゃなきゃだけど」
「っい、嫌なわけないです!」
「そうか!じゃあ、決まりだな」
ニッと笑った大我さんがかっこ良過ぎて眩暈がした。
そしてもう何度目か分からない再確認をする。
やっぱり私は大我さんが好きだ。
結局行き着く答えはこれだった。
彼女さんの存在があっても、きっと馬鹿を見るって分かってても。
例え後悔する事になったとしても、私は今この気持ちを止める事なんて出来ないのだ。

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