チリンチリン
『いらっしゃいませ…お!よぉ、名前』
『こんばんは、大我さん。また来ちゃいました』
『ここ空いてるぜ?』
『はい、お邪魔します』
昔の映画のワンシーンにでも出て来そうな雰囲気のバーがある。
っていうのは少し言い過ぎかもしれないけれど。
私はそこの常連だ。
就職先が決まらないまま大学を卒業した私。
ダラダラとバイト生活をして夢も希望もない毎日を送っていた。
そんな時偶々見つけて導かれる様に入った寂れたお店。
そしてそこで出会ったのが彼、火神大我さんだった。
初めて会ったのは12月に入ったばかりのしとしとと冷たい雨の降る夜だった。
平日の夜だからなのか天気のせいか元から客足が無いのか、夜8時という稼ぎ時に私以外に客が居ない。
一瞬入った事を後悔したけど、奥のカウンターでグラスを磨く店員さんに促され素直に目の前の席に腰を下ろした。
「何にすんだ?、ですか」
「…え?あ、あの…お勧めとか、あります?」
「あー、もしかしてこういう店初めてか?」
「…はぁ、まあ」
「じゃ、適当なやつ作るな」
「…」
「甘いのでいいだろ?」
「…はい」
妙な敬語を使う上に急に砕けた口調になった店員さんに驚きつつ、少しだけ雨に濡れたコートを脱いで椅子に掛けた。
カウンターの上に灯された淡い光が冷えた体を幾分か和らげてくれる。
ほっと息を吐いてから目の前でシェイカーを振る店員さんの姿を見てみる。
遠目に見ても大きいなとは思っていたけどこうやって目の前に立たれると圧巻だ。
身長、何センチあるんだろう。
確実にスポーツをしていそうなその体格に目を見張る。
それから赤と黒に別れた珍しい髪に赤く鋭い瞳。
凛々しい眉はその瞳の鋭さを更に際立てている。
「…そこまで見られるとさすがに恥ずかしいんだけどよ」
「!ごめんなさい!」
不躾に視線を送り付けていた私は恥ずかしくなった。
見惚れてた。
彼の外見そのものに。
自慢じゃないけど外見で人を好きになった事はない。
かと言って別に彼の事を好きになったわけでもないのだけど。
でも今私は完全に目の前の彼に見惚れていた。
「ほら、出来たぞ。カシスグレフル」
「ありがとうございます」
「甘いし度数も普通だし飲めるだろ」
カクテルが注がれたグラスが差し出された。
その赤い液体に自分の髪色でも意識したのかとぼんやりと思った。
「どうかしたか?」
「え?」
「あー、こういう喋り方無理か?…ですか」
「え」
「いや、ちょっと砕け過ぎたかと思って、です」
「っふ、ふふ。いいですよさっきのままで」
「…笑うなよ」
何を思ったかまた急に変な敬語を使い出したものだから思わず笑ってしまった。
今更だけど一応口調は気にしていたみたい。
構わないと告げれば笑った事を非難された。
「あの…お名前、なんて言うんですか」
「逆ナンか?顔に似合わずやるな…火神大我だ。お前は?」
「失礼ですね。どうせ並ですよ…苗字名前です」
「名前な、常連になったら覚えてやるよ」
「商売がお上手ですね」
「まあな」
そう言ってニッと笑ったその表情にまた見惚れた。
これが大我さんとの出会い。
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