Noticing me! | ナノ

17

あれから私はどうやっても自力で動く気配のない大我さんを、申し訳ないと思いながら引き摺って運んだ。
仕方のない事だと思う。
規格外に大きい大我さんを私が背負って運べるわけがないのだから。
それにしてもこんなに家の廊下が真っ直ぐで滑りの良いフローリングで良かったと思った事はない。
大我さんの洋服で廊下を掃除してしまっていたらすいませんと心の中で謝った。
ベッドまで運ぶ事は出来なかったのでせめてとリビングのソファに辿り着く。
そこで渾身の力で大我さんの上半身を持ち上げると、身動ぎした大我さんが自分でソファにしがみ付いて上ってくれた。
奇跡!
上がった息を落ち着ける為に深呼吸して改めて大我さんを見てみる。
彼は仰向けになってスヤスヤと寝息を立てていた。
買った時は少し大きかったかなと思ったソファも、大我さんが寝転んだら小さ過ぎると思える程だ。
膝から下がだらんと落ちて足が床に着いていた。
…大我さんが私の家にいる。
妙にドキドキする心臓を落ち着けようと胸に手を当てた瞬間、携帯が着信を知らせた。
「!……あ、赤司さんだ……もしもし、お疲れ様です」
『やあ。火神はどう?』
「あ、寝てます」
『そうか。今日は得意先の重役にえらく気に入られてしまってね。かなり無理をさせてしまった』
「…そうだったんですか」
『その代わりと言ってはなんだが…明日は休みにしたからそのままそこで休ませてやってくれ』
「え?そのままって、私は明日仕事が」
『何言ってる』
「え?」
『当然キミも休みだ。まあ…明日のキミの仕事は火神の相手という事になるね』
「……え?」

通話を終えて私は暫くポカンとしていた。
赤司さんは他店舗から数名ヘルプを出すから大丈夫だと言っていた。
彼の決定に私が何を言っても無駄だと理解しているので、ありがとうございますとだけ言って従った。
赤司さんは『なんの礼だ?』と言っていたけど、声が少し笑っている気がして分かってて言ってるなと思った。
勿論口答えなんて出来ないけれど。
さて明日は大我さんも休み、私も休み…ついに念願が叶うのだ。
意識した瞬間また心臓が暴れ出した。
目の前の彼を見つめて、暫く一緒に居られるのだと頬が上がる。
疲れているだろうからきっとこのまま起きる事はないだろう。
明日だっていつ起きるかも分からないし起きたってクタクタでどこにも行けないかもしれない。
すぐに帰ってしまうかもしれないし。
でも私はそんなの気にならなかった。
こうやって近くで今彼を見ていられるなんて幸せだ。
突然の赤司さんの暴挙には常々悩まされていたけれどこんな事なら大歓迎だ!
なんて調子のいい事を考える。
やっぱり私は単純な女だ。


大我さんに暖かい毛布を掛けてからお風呂を済ませリビングに戻る。
予想通り全く起きる気配はなかった。
ローテーブルをずらしてそこに布団を敷いた。
大我さんが居るのに1人別室のベッドで寝るなんて勿体ない!
彼を見つめながら寝れば夢にも出て来てくれるかも、なんて考えてほくそ笑む私はもうある意味病気だ。
「…幸せだー」
気持ち幼さを感じる寝顔に幸福感でいっぱいになる。
横暴な赤司さんに今日だけは感謝をしながら、眠気に負けて目が閉じるまで大我さんを見つめ続けた。



「痛っ!」
突然おデコに走った痛みに一気に意識が覚醒する。
ぐわんぐわんと揺れる脳ミソをなんとか働かせて状況把握。
今私のおデコを殴ったのは誰だ!
重い瞼をゆっくりと持ち上げる。
目を半分開いた瞬間に見えた目の前の光景に即座に目を閉じた。
…った、大我さんが目の前に居る!?
横向きで寝転がる私の目の前には、同じくこちらを向いて目を閉じている大我さんが居た。
もしかして!ソファから転げ落ちたの!?
目を閉じたままおデコに手をやれば大我さんの腕に触れる。
どうやら私のおデコに一撃食らわせたのは大我さんの腕だったらしい。
いや、そうじゃなくて!
今更自分が大我さんと同じ布団に寝ているという事を実感し意識し始めて焦り出す。
彼が目を覚ます前に静かにここを脱出しなければ!
恥ずかし過ぎる!
「ん、」
「!いっ、た!!」
モソモソと身動ぎ始めた大我さんの腕がもう一度私のおデコを強打。
酷い寝相だ!
悶絶していればその腕の行き先に一瞬にして痛みが吹き飛んだ。
「!?」
「んー」
大我さんの腕が私をがっちりホールドしたのだ。
一気に縮まった距離に息を飲む。
更に寝惚けているのか腕の中の私に頬擦りし始めた。
いよいよ私の羞恥心も限界だ。
「た、いが、さんっ」
「ん」
「〜っ」
「あおみね」
「あ、青峰?」
「んん」
「…夢でも見てるんですか、もう」
「彼女」
「っ!」
囁く様に落とされた名前に私は目を見開いた。
彼女…聞き間違えようもない、彼は今確かに彼女さんの名前を呼んだ。
大我さんに包まれて温かいはずの体が冷たい氷にでもなったみたいに感じる。
心臓のドキドキは耳鳴りになって私を襲った。
離れなきゃ。
脳が泣けと信号を発する前に。
強張る体をなんとか動かして脱出を試みたけれど大我さんの重たい腕がそれを阻止した。
けれどいつまでもここに居られないと、渾身の力で彼の腕を退かし体を横にスライドさせる。
そのまま反対側にゴロンと向きを変えた時、とうとう目から水分が溢れた。
ポロっと一滴目尻を伝った水分は布団に落ちて染みを作る。
一滴で済ませた自分を褒めてぎゅっと目を閉じた。
こうすればもう出て来ない。
「ん…ん?」
「!」
背後で声がして体が震えた。
大我さんが起きたかもしれない。
でも駄目だ、今顔を合わせられない。
私は寝たふりを決め込む事にした。
「う、いってぇ…頭」
モソモソと動く気配がする。
そのままもうちょっと寝ていて欲しいという私の想いは天に届かなかった。
「…ん?……は、…え!?……名前!?」
バサッと布団が捲れる音…どうやら完全に起きてしまったらしい。
驚くのも無理はない。
きっとなんでこんな所に居るんだ!って衝撃を受けているに違いない。
「…名前……名前?」
寝起きの掠れた声で囁かれる自分の名前に動揺して動きそうになる体を必死に止める。
なんとかやり過ごした事に内心ホッと息を吐いたけれど、続く彼の行動が私を更に動揺させた。
「名前」
名前を呼び、彼の手が私の肩に触れた。
そのまま強めに肩を引かれて、力を抜いた私の体はゴロンと仰向けになってしまった。
今更実は寝たふりしてました!等とおどけて言えるわけない。
焦りに焦っていると突然目尻に彼の指が触れた。
驚いてさすがに瞼が動いてしまったけれど彼はそれを気に留める様子もなく指の腹でそっと目尻を拭った。
「泣いてるのか?」
少しの沈黙。
早く布団から出て欲しいと願っていると、閉じた瞳の上がふと陰った気がした。
と同時、
「名前」
「!」
物凄く近くで大我さんの声が響いて、間もなく目尻に感じた柔らかい感触。
それはそこに止まらず…
震える私の唇に、触れた。

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