Noticing me! | ナノ

13

彼女さんが企画してくれたお疲れ会から帰宅した私は思いもよらない訪問者にまたしても驚く事になった。
赤い髪というのは一緒だけど今度は違う人だ。
先日の赤司さんとは対称的に、大我さんは私の部屋の前で背中を丸めて寒そうに縮こまっていた。
大我さんと会うのは本当に久しぶり。
丸々1ヶ月顔も見ていないし連絡も取っていない。
「…こんばんは」
「!?」
「こんな夜中にそんな所にいたら通報されますよ?」
「名前!」
私の声に驚いて振り返った大我さん。
ああやっぱりかっこいいななんて思いつつ、申し訳なさげに歪められた表情に彼がここに何をしに来たかが何となく分かってしまう。
彼はきっと
「悪かった!こないだは、ホント」
…ほら。
優しい大我さんは1ヶ月前の私に対する発言を謝って来た。
彼が謝るという事が更に私を惨めにするという事をきっと彼は知らない。
『…からかわないでくれ』
『じゃあ…困らせないでくれよ』
『俺は彼女からこんな風に見えてたんだな』
『…悪い……1人にしてくれ』
今でもハッキリと覚えている彼からの言葉。
それを聞かなかった事にしようと、あの時の自分の精一杯の想いを無かった事にしようと…
惨めな自分が嫌になった私は下手くそに笑って誤魔化すのだ。
「何がですか?」
「…え、何がって」
「私、大我さんに謝られる様な事ありましたっけ?」
「お前、何言ってんだよ」
案の定呆気に取られた様子の大我さん。
そんな貴方に私は嘘をつく。
強がりで自分勝手で情けない嘘を。
「…ああ、あの事だったら気にしないで下さい」
「?」
「酔ってたんです、あの時は」
「え」
「大我さんの事困らせてごめんなさい。もう飲み過ぎない様に気を付けます」
「…名前?」
「私に…大我さんの事を慰める力なんてないですから」
「!」
「…あんな素敵な人を好きになった大我さんを…一体誰が慰められるっていうんですか」
「お、お前、」
「頑張って自分で立ち直って下さいよ、もう!」
上手く笑えているだろうか。
ポカンと間抜け面で私を見る大我さんに私は精一杯の笑みを向ける。
ほんと、私って可愛くない。
心の中で深い深い溜息を吐き、これで良かったのだと自分に言い聞かせる。
これから大我さんのお店で働く事になっているのだから、気まずい職場にならない様こうやって弁明出来る場が持てて良かったのかもしれない。
わざわざ家まで来てくれた優しい大我さんに感謝だ。
「名前!」
「!?」
突然大我さんが私の手を掴んだ。
この寒い中外で待っていたというのに酷く熱い手だ。
反射的に顔を上げれば揺れる赤い瞳とかち合う。
思わず逃げる様に手を引いてしまった。
だらんと力無く大我さんの手が離れていく。
「明後日から!…仕事、お世話になります…じゃあ」
苦し紛れに出て来た言葉は、せっかく来てくれた大我さんに帰れとでも言っているかの様な言葉になってしまった。
「名前」
「…はい」
「ありがとな」
「え?」
「俺の所、来てくれて」
「!」
「あ、いや…た、楽しくやろうな!仕事!」
「はい!よろしくお願いします!」
「おう!じゃあ、明後日」
「はい、おやすみなさい」
片手を挙げて去って行く大我さんを見送る。
姿が見えなくなった瞬間、私は一気に力が抜けてその場に蹲った。
「だから…言葉足らずだっていうんですよ、もう」
呟いた言葉は吐き出した白い息と一緒に消えた。


「おはようございます!今日からよろしくお願いします!」
「名前!早いな!こっちこそよろしくな」
元気良くお店に足を踏み入れれば、先程着いたばかりといった様子の大我さんが笑顔を向けてくれた。
研修は済ませたとはいえこれからはこのお店のやり方に慣れなければならない。
早めに来て正解。
開店まで大我さんに色々教えて貰えそうだ。
更衣室で手早く着替えを済ませホールに出ると、既に準備万端の大我さんがこちらに背を向け両手を上げて体を伸ばしていた。
これから運動するわけでもないのにまるで準備体操でもしてるみたいだ。
ふと気になったのはエプロンの腰紐。
リボン結びをしてあるけれど片方が長く垂れ下がって歪な形になっていた。
結ぶの、苦手なのかな?
「大我さん。腰のリボン結び、凄くかっこ悪い事になってますよ?」
「ん?リボン?そうか?縛ってありゃ大丈夫だろ」
「せっかくの男前が台無しです」
「…へ?」
「もっとピシッとしたらもっとかっこいいですよ」
言いながら顔だけ振り返った大我さんに近付く。
お節介とは思ったけれど結びを直そうと大我さんの腰に手を伸ばした。
「「あ、」」
2人の声が重なる。
自力で直そうとしたのか大我さんの手が結び目に、否正しくは先に結び目を掴んでいた私の手に触れた。
「わ、悪い!」
「いえ…じっとしてて下さい」
「…おう」
ドキドキと煩い心臓の音を無視して少し震える手でリボンを結ぶ。
目の前の大我さんの背中は大きくて逞しくて頭は見上げる程高くて…その体に触れたいと、後ろから抱き付きたいという衝動に駆られる。
女の子の後ろ姿に発情した男じゃあるまいし。
自分は何を考えているんだと恥ずかしくなった所でリボン結びは完了。
抱き付くだなんて愚行を避けるべくポンと背中を叩いて大我さんを解放した。
「出来ました」
「ありがとな」
「いえ、これくらい朝飯前です」
「お前言う事古臭いな」
「失礼ですよ、大我さん」
「っはは、悪い。なあ名前」
「はい?」
「俺がいつもかっこよく決まる様によ…毎日コレ、結んでくれるか?」
「…え」
「ついでにさっきみたいに背中叩いてくれりゃヤル気も出そうだ」
「た、大我さん」
「あ…悪い、無理にとは」
「やります!毎日結んでポンします!」
「む、結んでポン?」
このお店に来て一番最初の仕事は、大我さんのエプロンのリボン結びになった。
嬉しくて仕方ない私はニヤける顔を抑える事が出来ない。
大我さんの手が触れた場所がじんと熱くなった様な気がした。

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