Noticing me! | ナノ

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「1ヶ月先だっていいんだぜ?」
「え?」
「バイト辞めんのに時間が要るなら1ヶ月位待つからよ」
「ま、待つって」
「店長代理のポジション、空けとくって事だよ」
「え!?」
大我さんは私をまっすぐ見て言った。
私は信じられないとばかりに目を見開いて大我さんを見つめた。
何故?
私が掛け持ちのバイトを辞めるのを待つ?
ポジションを空けておく?
あの強引な赤司さんだけでなく大我さんまで。
そんなにキラキラした目で見ないで欲しい。
私はその場所に立つ気なんて無いのだから。
未だモヤモヤと渦巻く黒い嫉妬心は収まってくれそうにない。
「た、大我さん…なんで、私なんです?」
「ん?なんで?…んーそうだな」
私の疑問に顎に手を当て首を傾げ考える大我さん。
その間も私から目を逸らす事なく居るものだから、こっちはなんだかソワソワしてしまう。
数秒の思案の後、大我さんが目を細めてへらりと笑った。
「お前となら楽しくやれそうな気がすんだ。ってそんな理由じゃ駄目か?」
「!」
…こんなのずるいと思う。
なんだか毒気を抜かれてしまった。
やっぱり大我さんはこういう人だ。
「…待ってて、貰えるんですか?」
「おお!当たり前だ!」
「と、とりあえず!バイト先の様子窺がってみます」
「そうかそうか!赤司には俺から言っとくから。返事待ってるからな!」
「はい」
まだ決まったわけじゃないのにあまりに嬉しそうに笑う大我さんに私の頬も上がる。
空になったグラスに新たに注がれる赤を見つめて、こうやって笑い合える幸せを噛み締めた。


「大我さーん、最後にもう1杯」
「ん?あ…名前、お前結構飲んでるな」
「んー、そうですかね?」
「そうだって。もうこれで最後だからな?」
「分かってますってー」
酔った。
だって久しぶりに気分が良くてつい進んでしまったんだ。
美味しいカクテルに目の前には大我さん。
酔った頭はお花畑状態でふわふわと夢見心地だ。
こんな時間がずっと続けばいいのにと思う。
そろそろ閉店の時間になる店内は私と、もうすぐ席を立ちそうな1組のお客さんしか残っていなかった。
お店のスタッフも大我さんとあと1人男の人が居るだけ。
その人ももうすぐ上がるらしい。
そうしたら大我さんと私、2人きりだ。
ぼんやりとそんな事を考えていれば、目の前に本日最後の1杯が注がれた。
「っへへ…いただきます」
「どーぞ」
「ねえ、大我さん」
「ん?」
「この前みたいに送ってください」
「は?」
「送ってください」
「送れって…お前」
「家まで、送ってください」
欲が出たんだと思う。
こうやって笑い合って楽しい時間を過ごして。
もう少し、あと少しだけ大我さんと一緒にいたい。
そんな思いが溢れてしまった。
けれど笑顔から一転、急に困った顔になってしまった大我さんを見て現実を知る。
困らせたいわけじゃなかった。
でも一度堰を切った想いは簡単には止まらない。
「大我さん」
「どうした?」
「前は家に連れて行ってくれたじゃないですか」
「あ、あれはよ…お前が」
「歩けません。それにほら、もう瞼閉じそう」
「こら。まだ起きてんだろ?」
「…大我さん」
「…名前」
大我さんが小さく息を吐いた。
呆れられただろうか。
でもここまで来たら私だって引くに引けない。
妙な意地を張ってもう一度大我さんを見つめた。
「大我さん」
「ん?」
「大我さん」
「聞こえてるぞ?」
「…私じゃ、駄目ですか」
「ん?何が?…って名前、それは俺から頼んだんだろ?やっぱ酔ってるな」
そうじゃない。
やっぱり分かってなかった。
大我さんは鈍感だ。
「違います大我さん」
「違う?何が?」
「仕事の事じゃないです」
「?なら何だよ…」
「…」
「ん?」
「私じゃ、大我さんの事…慰められませんか?」
「……!?」
やっと意味に気付いた大我さんが大きく目を見開いた。
目が飛び出るんじゃないかと思う程にこれでもかと見開いている。
私の心臓は早鐘を打ち始めた。
こんな事こんな風に言うつもりはなかったのに。
お酒の勢いって怖い、と思いながらも気持ちは幾分か晴れ晴れしかった。
けれどそんなスッキリした気持ちもすぐに曇天に変わる。
「名前」
「はい」
「…からかわないでくれ」
「からかってなんていません」
「じゃあ…困らせないでくれよ」
「っ」
息の根が止まりそうだった。
切なく哀しい表情の大我さんが苦しそうに漏らした言葉。
重た過ぎて押し潰されてしまいそうだ。
やっぱり困らせてしまった。
分かっていた事なのに。
私では大我さんをずっと笑顔にする事なんて出来ないと。
きっと私も今酷い顔をしている。
だって大我さんが私を見てもっと顔を歪めた。
傷心中の男を狙う狡猾な女だと思われただろうか。
今となっては取り返しもつかない。
そして次に落とされた言葉に、私の恋が終わりを告げる音がした。

「俺は彼女からこんな風に見えてたんだな」
「ッ、大我、さん」
「…悪い……1人にしてくれ」

私は俯き『ごめんなさい』と小さく謝り、カウンターに静かにお代を置いて店を後にした。
立ち止まる事も、振り返る事もせず。

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