Noticing me! | ナノ

09

「…青峰さんって、結構暇人なんですか?」
「は?」
「彼女さんに置いて行かれたんですか?」
「…ああ?」
もうすぐ上がり時間という頃バイト先にまたやって来たのは、本屋に居る事が違和感でしかない青峰さんだった。
彼女さんは仕事らしい。
という事はつまり、今彼女は仕事とはいえ大我さんと一緒に居るという事になる。
この厳つい男の人もそれを良しと思わないのか、ブツブツと文句を垂らしていた。
「すぐ辞めろっつうのに言う事聞かねえんだよ、くそ」
「それ社会人としてどうかと思いますけど」
「我儘だろ」
「青峰さんの方が確実に」
「…お前、オレに恨みでもあんの?」
「ある様でないですけど…どうでしょう」
「はぁ?」
強面だけど裏表なく思った事しか言わなそうなこの人は、思ったより扱いやすい人なのかもしれない。
そんな風に思い始めれば以前の様に怖いという印象は消え、普通に話せるようになっていた。
そしてバイト後。
私は青峰さんとカフェに居た。
もうすぐバイト上がりだと言ったらなんとなくこうなっていたのだ。
コーヒーを下品な音を立てて啜りながら青峰さんは私を見ずに話し出した。
「火神に会ったか?」
「会いましたけど、それが何か?」
「どうだよ」
「なんですか、どうだよって」
「ちゃんと働いてんの?」
「なんで私に聞くんですか?」
「…別に」
この人はこの人なりに実は罪悪感を感じていたのかもしれない。
視線を泳がせ私の返事を待っている。
結局の所身を引いた事になったらしい火神さんの事を気に掛けているのだろう。
こう言ったら申し訳ないけど…凄く意外だ。
『空元気、って所ですかね』と答えれば彼は『そうかよ』と言ってまたコーヒーを啜った。
そして深く息を吐いた後、これが本題だとばかりに青峰さんは私を見据えて話し出した。
「そういやお前、あそこで働かねえの?」
「え?」
「火神んとこでだよ」
「な、なんで」
「彼女が来週からコッチに戻るから空きが出んの、知ってんだろ」
「…」
「赤司がお前に声掛けたっつってたぞ」
「赤司、さん…」
「名刺も受け取らなかったらしいな。すげえキレてたぞ」
「え!?嘘っ!!」
「っぶは!ジョーダンだ。怒ってねえよ。生意気だが負けん気が強いのは悪くないとか言ってたし」
「うああ…怒ってないわけないですそんなの」
「お前にやらせるって決めたっぽいからな。どんなに逃げたって無駄だぞお前」
「え!?」
「お前が頷くまで諦めねえだろうな」
「おかしいですよね!?それ以外私に選択肢ないって事ですか!」
「まあ、赤司だからな」
この世の中、そんな事が罷り通るのだろうか。
なんだか凄い人に目を付けられてしまったのかもしれない。
青峰さんの表情は私を憐れんでいる様に見えた。
これが現実だと言われている気になって凄く怖いから止めて欲しい。
あの時ちゃんと赤司さんの名刺を受け取って丁重にお断りしておけば良かったと、自分の愚行を全力で後悔した。


数日後、私は赤司さんという人の恐ろしさを痛感する事になった。
「…なんで住所知ってるの?え、こんな事ってある?」
私の手元には先程郵送されて来た書類があった。
契約書だ。
勿論火神さんが働くあのお店の『店長代理』という仕事の。
なんで一昨日会ったばかりの私の住所を知っているのかとか色々問題があるのだけど、あの有無を言わせない眼光を思い出せば考えるだけ無駄な気がしてくる。
けれど私の意思は変わっていなかった。
彼女の後釜なんて御免だ。
だいたい今掛け持ちしているバイトを簡単に辞める事なんて出来ない。
慣れ親しんだ職場を自ら手放す気などないのだけど。
書類に目を通して溜息を吐いた時、テーブルに置いた携帯が着信を知らせた。
その相手は
「大我さん!?」
私は慌てて通話ボタンを押した。
偏屈女はこういう所は単純だ。
『お、早いな』
「大我さん!こんにちは」
『おう!名前、赤司から聞いたんだけどよ』
「え?」
『お前、俺の所に来てくれるってホントか?』
「!?」
思わず携帯を落としそうになった。
大我さんの事だからきっと何も考えず素直に言葉にしたに違いない。
大我さんが言わんとしている事は分かってる。
けれどその言葉足らずな発言は私の決心を揺るがすのに絶大な効果を上げた。
大我さん…そういうのは発揮する場所間違ってると思うんです。
そんな言葉を飲み込んで、少し冷静になって返答する。
「まだ、決まったわけじゃないんです」
『そうなのか?赤司は決まったって言ってたけど』
「私は返事してないんですよ。青峰さんから赤司さんがそういう人だっていうのは聞いてはいたんですけど」
『…青峰?お前青峰と仲良かったか?』
「あ、いや…たまたま会って」
『?そうか。で、なんで渋ってんだ?問題でもあんのか?』
鈍感な大我さんは気付く事はないのだろう。
私の中では問題大アリだ。
「私、今バイト掛け持ちしてますから。すぐ辞めますって簡単にいかないんですよ」
『あー。そうか、それもそうだよなぁ…そうか…』
ああ、少しでもガッカリしてくれた声を聞けただけでも収穫だ。
私は少し上がってしまった頬を押さえた。
「大我さん、今日はお店じゃないんですか?」
『いや、店だ。今休憩中』
「お疲れ様です。今日はずっと居ます?」
『ああ、ラストまでだ。飲みに来るか?』
「はい!」
会いたい想いが先行して思わず声が大きくなる。
そんな私を『元気でいいな』なんて言って笑い飛ばしてくれる大我さんが好きだ。
少しでも大我さんが笑ってくれればいい。

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