純恋 | ナノ



試験が近付いたせいか桃井が頻繁に青峰を訪れるようになっていた。
幼馴染の成績が心配なのだろう。
青峰の隣の席に腰掛けて今にも寝そうな馬鹿を揺さぶっている。
残念な脳の持ち主である青峰の成績は部活にも関わる事だ。
桃井も赤司に何か言われたのかもしれない。
連絡の伝達は請け負えたがどうやらこれ以上俺には何も出来そうにない。
読書をしながらちらりと隣の苗字を盗み見た。
「…」
やはり2人の方を見ていた苗字は深く息を吸い込み溜息を吐きかけてハッとした。
そしてゆっくりと俺の方を見た。
「…危ない、幸せ逃げちゃう所だった」
そう言ってへらりと微笑んだ苗字。
それが酷く痛々しく思えて俺の顔が歪んだ。
「どうして緑間くんがそんな顔するの?」
「何がだ、元々こんな顔なのだよ」
「…」
黙り込んだ苗字。
落ち込んでいる人間の慰め方など、まして女子の慰め方など俺は知らん。
これ以上俺が苗字にしてやれる事など無かった。
「すまない」
「…え?」
「!い、否…何でもないのだよ」
思わず零れた言葉に焦る。
馬鹿げている。
人に謝る事など無いに等しい俺がこんな。
彼女を笑顔にしたいと思いながら、それをする術を持たない自分が情けなかった。
苗字という女は俺をどんどん情けない男にしていく。

「みどりん!」
「「!」」
突然俺と苗字の前に桃井がやって来た。
俺はともかく、苗字の驚き様は尋常ではない。
桃井はそれに気付くことなく俺に話し掛けて来た。
「みどりんお願い!青峰くんに英語教えてあげて!」
「…何故俺がそんな事を」
「私も教えてるんだけど他の教科もあるし、私よりみどりんの方が英語出来るでしょ?」
「断る」
「ええ〜!そんな事言わずにお願い!部の為でもあるんだよ?」
「俺が相手では青峰もやる気が出ないのだよ」
「う…そ、それは…うーん」
当然だ。
だいたい今の俺に青峰に勉強を教える余裕などない。
下手をすればあの何も知らない馬鹿に八つ当たりでもして終わるだろう。
ふと隣を見れば、苗字は居心地が悪そうに俯いていた。
どんな顔をしているか容易く想像がつく。
「桃井」
「なあに?」
「英語の適任者がいるのだよ」
「え!ホント!?」
「ああ」
俺は俯いている苗字の肩を叩いた。
弾かれた様に顔を上げた苗字が俺を見ている。
「苗字だ、俺より上手く教えられるだろう」
「!み、緑間くん!?」
「ホント!?ええと、」
「苗字だ」
「苗字さん!」
「!」
「青峰くんに、英語教えてあげて!お願いッ」
「そ、そんな」
焦る苗字を気にも留めず、桃井はひたすら頼み込んだ。
結局桃井の勢いに気圧される様にして苗字は青峰の英語担当になった。
桃井が立ち去った後、無視出来ない程の隣からの視線に応える。
薄っすらと頬を染めた苗字が俺を見ていた。
「緑間くん」
「…なんだ」
「さっきの、わざと?」
「お前の方が英語が出来る、そして教える事も出来るだろう…当然の流れなのだよ」
「緑間くん」
「なんなのだよ」
「ありがとう」
その顔が俺の事を思い、俺に向けられた顔だったらどんなに良かっただろう。

prev / next

[ back to top ]

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -