純恋 | ナノ



ある日、俺は桃井のクラスへ足を向けていた。
俺が桃井を訪ねる事はほぼ無い。
当然桃井は驚いていた。
「みどりん、珍しいね!どうしたの?」
「…否、特に重要な用でも無いのだよ」
「なになに?」
首を傾げて上目で俺を見て来る桃井。
その仕草にか周囲の男子が騒ついているが、俺にとっては苗字の笑顔の方が…そこまで考えて頭を振った。
「…青峰への部活の連絡事項は俺が伝えるのだよ」
「え?」
「わざわざクラスに来なくてもいいと言う事だ」
「え、別にそれくらい大変じゃないよ?」
「俺にメールを寄越せ。青峰と違って俺はしっかり携帯はチェックするのだよ」
「みどりんってば本当にどうしたの?」
「お、お前は青峰に甘過ぎだ。少しは放っておく必要がある」
「んー、そうかなぁ」
「とにかく!連絡があれば俺にメールを寄越すのだよ」
「分かった。みどりんなら安心だし、そうするね」
なんとか桃井を説得できた事にホッと胸を撫で下ろす。
足早に教室に戻れば、青峰と苗字が会話していた。
笑顔だ。
それを見て少しの苦しさを覚えたが良しとする。


「緑間っち、最近絶好調ッスね」
「ふんッ…当然だ、毎日人事を尽くしているからな」
「なんかいい事あったんスか?」
「何もないのだよ」
「なぁんだ。てっきりあの子と上手くいったのかなって思ったんスけど」
ガコン!
「あ」
「黄瀬、お前は向こうで青峰に蹴散らされて来い」
「あ、なんか前より言い方酷くなってるッス!負けるの前提!?」
ギャンギャンと吠える黄瀬は放置してシュートに集中する。
だがそれはすぐに途切れる事になった。
「青峰くんの馬鹿ァ!!」
「んだよ、お前が勝手に俺の前通ったんじゃねーか」
「下から覗き込んでた!」
「オトコの生理現象だ」
「もう!」
向こうで桃井と青峰がじゃれる声が響く。
俺は視界の隅に動揺する苗字の姿を捉えた。
笑顔は見る影も無く眉は垂れ下がり、唇は固く食いしばる様に閉じられている。
2人を見ていた苗字の目がそっと伏せられ、体育館から去ろうと向きを変える瞬間…
「ッ!」
「………」
苗字の視界にやっと俺の存在が捉えられた。
弾かれた様に俺を見た苗字は時間が停止したかの様に立ち竦んでいる。
そして、
「!」
今にも泣き出しそうな程顔を歪めて、俺に無理矢理の笑顔を向けた。
ッ見ていられないのだよ。
気付けば俺は体育館を出て行った苗字を追い掛けていた。

「み、緑間くんっ」
「…そんな顔で帰る気か」
「あれ、そんなに酷いかな」
「ああ」
「うわあ酷い、っはは…なんか、バレちゃった感じ?」
「…」
「緑間くん?」
「…そんな事、とっくに知っているのだよ」
「!う、そっか…あー、なんていうか…かっこ悪いね私」
情けない顔が更に歪められて、苗字は俯いた。
その手は僅かに震えている。
「かっこ悪くなど無いのだよ」
「…え?」
「人が何かに夢中になる事に…かっこ悪い事など、無いのだよ」
「!」
俯いていた苗字が勢いよく顔を上げた。
限界まで顔を歪めて耐えていたらしい涙が瞳を覆ってついには溢れ、ゆっくりと苗字の頬を伝った。
不謹慎にも俺はそれが酷く綺麗だと思ってしまった。
「緑間くんって、やっぱ不思議」
「…だから、それは言われ慣れているのだよ」
彼女の涙を拭ってやれる物を持ち合わせていなかった俺は、指でそっと頬を撫でその涙を散らした。
『ありがとう』と言って柔らかく微笑んだ苗字の笑顔を、暫く忘れられそうにない。

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