純恋 | ナノ



いつもの様に始まった部活。
小休憩で汗を拭っていると扉の横に苗字が立っているのが見えた。
俺と目が合うと手を振って笑う苗字に恥ずかしくなり、眼鏡をカチャリと直して俯いた。
どうも俺はあの笑顔に弱い。
直視していられないのだ。
俯いていると黄瀬がまたちょっかいを掛けて来た。
いい加減にして欲しいのだよ。
「緑間っち〜、あの子よく見に来てる子ッスね!緑間っちの事気になるんじゃないッスか?」
「!なッ!お前はなんですぐそういう話に持って行こうとするのだよ!」
「いいじゃないッスか〜!結構可愛いし、堅物の緑間っちにもそろそろ春が来るんスかね!」
「うるさい!お前は向こうでまた青峰に負けてくればいいのだよ!」
「わー緑間っちひっどー!でも残念!今日は俺が勝つんス!」
「ふんッ」
青峰のいるコートに向かう黄瀬を見送る。
そのまますぐに1on1が始まった。
これもいつもの光景だ。
大口を叩いた黄瀬は青峰の動きを追うのに必死。
笑いながら黄瀬をあしらう青峰は飼い犬を遊ばせているかの様に楽しげだった。
ふとさっき苗字が立っていた扉に目を向ける。
いつの間に居なくなったのか、そこにもう苗字の姿は見当たらなかった。
大抵俺に手を振って帰って行くのだが今日はそれが無かった。
何か用事でもあったのだろうか。


翌日、休み時間にクラスが騒めいた。
原因は『桃井』の登場だ。
男共は鼻の下を伸ばして彼女の事を見ている。
まったく、どいつもこいつもだらしないのだよ。
部活についての連絡だろう。
まずは青峰の元に向かって行った。
「青峰くん!起きて!」
「んあ?…んだよ、さつきか」
「なんだよじゃないでしょ!連絡!ちゃんと聞いてよ?今日の部活はまずはミーティングだからね!体育館じゃなくて会議室、分かった?」
「もう忘れた、迎えに来いよ」
「忘れたって聞く気無いでしょ!」
夫婦漫才が始まった。
ほとんどの男が桃井に熱い視線を注いでいるが誰一人話し掛けないのは青峰の存在があるからだ。
誰がどう見ても彼女にとってヤツが特別であるのは明確。
逆もまた然り。
自ら散りに行く馬鹿は居ない。
溜息を吐いてふと、なんとなしに隣を見遣る。
苗字が神妙な面持ちで何かを凝視していた。
「…苗字?」
「!」
「どうしたのだよ」
俺の声に弾かれた様にこちらを見た苗字は、すぐに視線を違うものに向けた。
その先は連絡事項を伝えに来た桃井。
いつの間にか青峰の元を離れて俺の前に立っていた。
「みどりん!」
「聞こえたのだよ。今日の部活は会議室でのミーティングが先なのだろう」
「みどりんさっすが!青峰くんにも言ってやってよ」
「俺が言った所で聞かん。お前の方が適任なのだよ」
「そんな事言わずに!HR終わったら青峰くんも連れて来てくれる?」
「…断るのだよ。桃井が迎えに来た方が早い」
「んもう!冷たいんだから!いいよ分かった!私が来ますよーだ!」
勝手に怒って勝手に帰って行った桃井を見送り、また隣に視線を戻した。
苗字は桃井が去った方を見つめたまま動く気配がない。
「苗字」
「…え?」
「桃井に何か用か?伝える事があればミーティングの時にでも俺が伝えるが」
「え!ち、違う違う!…可愛い人だなって思って、見てただけ」
「可愛い、か。女の目からもそう見えるのか」
「あ…緑間くんも……桃井さんの事…」
「…冗談は止めろ。あんな『人の解析』が趣味な女は御免だ」
「そうかな…凄く可愛いのに…」
「……どうしたのだよ。変だぞ、苗字」
「へ、変って失礼だなぁ…私はいつも通りだよ!」
貼り付けた様な笑みを向けた苗字はやはり、いつもとは違う様に思えた。

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