純恋 | ナノ



休み時間、赤司の呼び出しから教室に戻るとそこに居たのは苗字1人だった。
次の授業の準備をして机に突っ伏している。
そういえば次は移動教室だったか。
さっきの時間も眠そうにしていたから、大方そのまま寝に入って友達にも置いて行かれたんだろう。
机の上にはメモ書きが置いてあった。
『名前先に行ってるよ!多分お隣さんが起こしてくれるからお任せするわ!』
薄情な友人なのだよ。
勝手に俺を世話係にしないで欲しいのだよ。
「苗字…苗字、起きるのだよ」
「ん…」
「そろそろ起きないと移動教室に間に合わん」
「……ん、え?」
「行くぞ」
「あれ、緑間くん」
「ああ。………ふっ」
「!」
「………」
苗字の頬に付いた痕を笑えば、笑われた本人は大きく目を見開いていた。
何にそんなに驚いたというのか。
その疑問はすぐに解消された。
「み、緑間くんが笑ってくれた」
「!」
「どうしよう!すっごいレア!!」
「なッ」
「ねえねえ!もう1回!凄く綺麗な笑顔だったよ!」
「な!ふざけるな!さっさと行くのだよ!」
「ええ!せっかく初めて緑間くんが笑い掛けてくれたのに!」
「お、お、お前が顔に痕など付けているからなのだよッ」
「嘘ッ!何処!?ちょっと緑間くん何処!?」
「此処だ、馬鹿め!」
「あ」
「…」
思わず触れた頬。
その柔らかい感触に俺は時間が止まったかの様に動けなくなった。
そして首を傾げて見上げて来る苗字と目が合った瞬間、俺の顔は尋常じゃない程の熱を持った。
「す、すまん」
「緑間くん?」
「もう行くのだよ。授業に遅れる」
「うん。ありがとう、起こしてくれて」
「ふん」
「っふふ」
苗字を置いて行かない様数歩先を歩く俺の耳までもが赤い事が、彼女に気付かれない事を祈る。


「緑間くん、一緒に帰ろ」
「…何故だ」
「え、理由がなきゃ駄目?」
移動教室の間に今日は部活が休みだという話はしたが、『何故』と当然の質問をしたつもりが可笑しいのは俺の方らしい。
苗字は首を傾げて理由、理由、と考えていた。
「部活ないんでしょ?友達が彼氏と帰るっていうから1人になっちゃって。良かったら一緒に帰らないかななんて…あ、緑間くん誰かと帰るなら遠慮するよ」
「…否、1人、なのだよ」
「そっか!じゃ、行こ!」
どうにも彼女のペースには巻き込まれやすい。
主に話の主導権を苗字が握りながら帰路についた。
話を聞けばどうやら苗字の家は俺の家と近いらしい。
数メートル先の十字路が互いの家の分かれ道だった。
「あ、そうだ緑間くん」
「なんだ」
「ハンカチ、ありがとうございました」
「…畏まって言う事ではないのだよ」
「だって、私は無理矢理傘貸しただけなのに」
「あの後の俺は最強だったのだよ。その礼なのだから当然だ」
花柄の傘を借りたあの日、午前中の不運が嘘の様に調子が良かった。
借りを作りたくないというのもあったが、それよりも俺は苗字には純粋に礼がしたかっただけの様に思う。
母親に『友人に傘を借りたから礼をしたい』と相談すれば、翌日にデパートでハンカチを買って寄越した。
それが男物の青いハンカチだった為、『相手は女だ』と伝えれば万遍の笑みを浮かべ飛び跳ねて返品交換しに行ったのは記憶に新しい。
それからの母親は鬱陶しくて仕方なかったわけだが。
「…ピンク」
「そ、それは母親が選んだのだよ!」
「ご、ごめんごめん!分かってるよ。大事に使わせて貰うね」
「ふん」
ハンカチを顔の横でパタパタとしてニコリと微笑んだ苗字。
本当によく笑う女だ。
淡いピンクのハンカチが苗字の白い肌に良く映えている。
母親の意外にも的を得た選択に少しだけ感謝した。


分かれ道で手を振る彼女は
夕日に照らされて輝いて見えた

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