純恋 | ナノ



「緑間くん緑間くん」
「…呼ぶのは1回でいい」
「はーい。で、緑間くん」
「なんなのだよ」
「昨日さ、見たよ!バスケ部」
「!」
「凄いね!緑間くんのシュート」
「あ、あれくらい出来て当然なのだよ」
「そうなの!?緑間くんだけだったよ?あんなにバシバシ決めてたの」
「…ふんッ」
苗字はなんの躊躇いもなく人を褒めた。
それは俺に対しても同じで、自分にとって当たり前である事を真っ直ぐに褒められるのはこそばゆかった。
それよりも部活を見に来ていたとは全く気付かなかったのだよ。
バスケ部には全く興味は無いように見えたのだが。
「苗字」
「ん?」
「バスケ部に何の用があったのだよ」
「緑間くんを見に行ったんだよ?」
「…な、何故」
「せっかく仲良くなったんだし、緑間くんの事もっと知りたいと思って」
「ッふん、変なヤツなのだよ!」
やはりストレートだ。
俺にこんな事を言って来るヤツは他にいない。
戸惑う俺を笑い飛ばす苗字。
全く他の女子とは違う態度で接する苗字の纏う柔らかい空気は、悪くない。


しとしとと雨が降る6月の終わり。
俺はいつもの様に放課後の部活に勤しんでいた。
個人練習の時間、勿論俺はスリーの練習だ。
人が集中しているという時に、最早聞き慣れた腑抜けた声に呼ばれた。
「緑間っち〜」
「…なんなのだよ」
「お呼びッスよ!」
「誰だ」
「なんと!オンナノコ!」
「…俺は居ないと言っておいてくれ」
「ちょ!めっちゃ居るから!丸見えッスよ!」
「女に用は無いのだよ」
「ええー、せっかく緑間っちみたいな堅物に声掛けてくれる女の子が居るのに…いいんスか?」
「どうせ顔も名前も知らん女だろう」
「そうなんスか?苗字さんって言ってたッスけど」
ガコン!
「!」
「ああ!緑間っちが外した!」
「う、うるさいのだよッ!」
「緑間くーん!」
「ほら、あの子ッス」
「…い、今行くのだよ」
知らない女からの呼び出しかと思っていた。
だが俺の名前を呼び体育館の扉から顔を出したのは、黄瀬の言う通り苗字だった。
珍しく外して既に床に転がっていたボールを拾い上げてゆっくり扉に向かう。
その先では苗字がクスクスと笑っていた。
何か可笑しかっただろうか。
「緑間くん、練習中ごめん」
「否、監督も席を外しているから問題ないのだよ」
「そうなんだ」
「何か用か?」
「あ、そうそう!はい、コレ」
「…傘」
「そう。ほら、今日のラッキーアイテムは花柄の傘だったんでしょ?」
「あ、ああ…そうだが…」
「緑間くん唐草模様しかないって朝から凹んでたから、唐草って…ぷぷ!もう夕方になっちゃったけど私の傘貸してあげる」
「な!お前はどうするのだよ!」
「私今から友達と帰るから平気だよ。これがあれば万事上手くいくんでしょ?」
「…」
「だから、ハイ!部活頑張ってね!」
「…あ、ありがとう…なのだよ」
「っふふ、どういたしましてなのだよ!じゃあね」
「なッ!」
笑いながら俺の口調を真似た苗字が背中を向けて、あっという間に去って行った。
残された俺は押し付けられた花柄の傘を握り締めて妙な感覚に浸っていた。
やはり…
苗字と話すのは、悪くない。
「緑間っちも隅に置けないッスね〜」
「!?うるさいのだよ!」


女子という生き物に嫌悪を抱かなかったのは
彼女が初めてかもしれない

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