純恋 | ナノ

十四

「席替え、だと?」
朝教室に入って目にした文字に俺は固まった。
黒板にでかでかと『1限目 席替え』と書かれていた。
既に登校していたクラスメイトたちは何がそんなに楽しみなのか皆落ち着かない様子だ。
暫くして前のドアから苗字が入って来た。
「緑間くん、おはよう」
「お、おはよう…なのだよ」
挨拶を交わして席に着いた苗字が黒板を見る。
彼女も突然の席替えに驚いた様だ。
ポカンとした表情で黒板を見つめていた。
「席替え…」
「そうらしい」
「そっか…」
「なんだその微妙な反応は。お前にとってはチャンスなのだよ」
「え、チャンス?」
「ああ。青峰の隣になれるかもしれん」
「!」
俺の言葉に目を見開く。
考えもしなかったのだろうか。
彼女にしてみればきっと始めからヤツと隣の席が良かっただろうに。
俺の隣で心底ガッカリしていた事だろう。
「席替え、しなくてもいいのに…」
「…は?」
ポツリと苗字の口から漏れた言葉に俺は間抜けな声を上げた。
何を言っているのだコイツは。
思わずじっと凝視すると、気付いた苗字が体を跳ねさせた。
先程より大きく見開かれた瞳。
彼女の行動の意図が読めない。
「な、なんていうか…はは」
「?」
「ほら、緑間くんの隣、凄く居心地良かったから」
「!な…」
「や!その、緑間くん、優しいし…凄く、頼りになるし…」
「ほ、褒めても何も出ないのだよ!」
「あ…ははは!」
「ふん」
彼女の言葉に俺は緩みそうになる顔を制御するのに必死だった。
彼女が青峰の事を思っていたとしても俺の事をそんな風に感じていたとは。
例えそれが社交辞令だとしても俺は嬉しかった。
「俺も」
「え?」
「俺も…苗字の隣で過ごす毎日は悪くなかったのだよ」
「…緑間くん」
いつの間にかクラス内は生徒で溢れ、担任が大声で挨拶をしながら教室に入って来た。
たかが席替えだというのに俺はもう彼女と遠く離れ離れになってしまうような錯覚に陥り、出来る事ならこのままで居たいと願った。
なんて女々しい事だ。


『青峰の隣になれるかもしれん』
俺の予想は当たった。
今日のラッキーアイテムの効果が遺憾なく発揮された。
『予想的中で人気者に』
実際の所、予想的中もしなくて良かったし人気者になどなりたいとも思わない。
そう心の中で吐き出して自分に呆れた。
彼女にとってはこの上ない喜びだというのに俺は。
彼女は戸惑いながら荷物を纏めて席を経った。
不意に目が合うと、緊張した様な面持ちからヘラリとした情けない笑顔に変わる。
そして小さく手を振って俺に背を向けた。

「よお、隣お前か」
「うん。よろしくね、青峰くん」
「おー、こっちこそ。早速だけどよ、宿題丸写しさせてくれ!」
「ええ!青峰くん今日の宿題やってないの?」
「今日だけじゃねえ。毎日だ」
「ちょ、それ自慢にならないから」
「ってわけで毎日頼むわ」
「えー」
「苗字が隣で助かったぜ」
「も、もう…」
3つ前のここから斜めの位置に座る2人の会話が聞こえて来た。
楽しげだ。
笑顔の苗字を見てホッとしつつも、モヤモヤと渦巻くこの汚い感情を抑え込むのには苦労しそうだと項垂れた。

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