純恋 | ナノ



試験間近のある昼休み。
俺は苗字に数学を教えていた。
基本が出来ている苗字は少し教えれば応用も簡単にクリアしていった。
俺の説明にうんうんと嬉しそうに頷きながらペンを走らせる。
「やっぱ緑間くんの説明は解りやすい!」
「そ、そんな事は無いのだよ」
「ありがとう」
「ッ礼などいらん!」
「凄く感謝してるんだよ」
「……もうお前に教える事は無い」
「そうかな?」
「ああ、もう大丈夫だろう」
苗字は照れた様にニッコリ笑った。
俺は無意識に、今日のラッキーアイテムである青い狸のミニフィギュアを握り締めていた。
そんな2人だけの空間に俺にとって耳障りな声が響く。
「よお」
「!?」
「…青峰」
苗字の前の席の椅子に跨り勢いよく腰を下ろした青峰は、彼女の机に両肘を着いて距離を縮めた。
案の定苗字は体を仰け反らせて驚いている。
「なあ…やっぱ英語、教えてくれ」
「え」
「このままじゃマジでやべーんだとよ、オレ」
「ふん!要らんと言っておいて情けないヤツなのだよ」
「ああ?うっせ緑間!さつきがちゃんと教わって来いってうるせーんだよ」
「…桃井さんが…」
自ら頼みに来たと思えばやはり桃井に言われたかららしい。
あからさまに落ち込んだ苗字を見るのは心苦しかった。
当然そんな事気付くはずもないこの単細胞は、突然苗字の腕を掴んで立ち上がらせた。
驚く苗字をグイグイと引っ張って自席に誘導する。
赤くなった顔を隠す様に俯いた苗字の表情は読み取れなかったが、俺は最後まで彼らを見送らずに机に視線を落とした。
「緑間〜っち!」
「…何の用だ、黄瀬」
苗字と入れ替わる様にして現れたのは黄瀬。
俺の隣、つまり苗字の席に腰を下ろすと俺の顔を覗き込んだ。
「なんなのだよ」
「いや〜、傷心中かな〜と思って」
「わけの分からない事を言うな」
「またまたぁ…分かってるくせに〜」
「黙れ」
ニヤニヤと腹立たしい表情でこちらを見て来る黄瀬を睨み付ける。
また人を小馬鹿にしてくるつもりかと気を張っていると、ふと予想外に真剣な顔を見せた。
「いいんスか?」
「何がだ」
「あのままで」
「俺にしてやれる事など何もないのだよ」
「あーもう…違うッスよ」
「なんだ」
「緑間っちの事言ってんス」
「何?」
「彼女が可哀想どうこうじゃなくて…緑間っちがこのままでいいのかって聞いてるんス!」
「…俺、だと?」
珍しく眉間に皺を寄せてしかめっ面をした黄瀬が、疑問符を浮かべる俺に向かって盛大な溜息を吐いた。
「無自覚ってわけじゃないんスよね?」
「何が言いたい」
「緑間っちは、彼女を自分のモノにしたいって欲は無いんスか?」
「なッ!!!」
ガタンッ!
黄瀬の言葉に俺は勢いよく立ち上がった。
椅子が倒れた事で騒ついていた教室が一瞬音を失くす。
色々な意味で顔に熱が集まった俺は、黄瀬を一蹴して教室を出た。
青峰と苗字を視界に入れる事は出来なかった。

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