青峰くんにチョコを上げて一目散にその場を後にした私は、誰もいない廊下で1人息を整えた。
緊張した。
けど嬉しかった。
それに、懐かしかった。
嫌な顔されるかなとも思ったけど呆気に取られた顔をしてて、そんな表情すら可愛いと頬が熱くなる。
皆が怖い厳ついと言ったって、やっぱり私にとっては青峰くんはあの頃からずっと変わらない。
完全に中学の頃の想いがぶり返した私は、あの頃の甘酸っぱい時間を思い出して心が躍った。
そんな時廊下に足音が響いた。
今吉先輩だった。
一瞬ドキリとはしたものの、私にはもう迷いなんて無かった。
今吉先輩に甘えようとしてた少し前の自分を叱りたい。
先輩には申し訳ないけど、どんな結果だとしても私が選ぶ道は…
「苗字、大分スッキリした顔しとるな」
「先輩…」
「ええよ、なんとなく分かっとる」
「…」
「今日は遮ったりせえへん」
「先輩」
「潔くフラれに来たわ」
「…ごめんなさい」
ヘラリと笑った今吉先輩は大きな手で私の頭をポンポンと叩いた。
そのまま髪を撫で下ろしてもう一度微笑む。
不謹慎にも、今までで一番綺麗で自然な笑顔だななんて思った。
「こないだでもう分かってもうたんや」
「え?」
「ほら、苗字が練習見に来た日や」
「あ」
「あんな熱烈な視線送ってんの見たら、いくらワシでも諦めつく」
「す、すみません」
「いや、謝る事やないで?そんな風に真っ直ぐ表現出来るん、ええ事やと思うわ」
「…」
「青峰にフラれたら待っとるで」
「先輩」
先輩は私の髪をもう一撫でしてゆっくり背を向けた。
小さな呟きを残して
『まあそんな事、有り得へんけどな』
放課後、私は使われていない教室が並ぶ廊下をウロウロしていた。
青峰くんを待っているのだ。
と言ってもちゃんと約束をしたわけじゃないから来てくれるとは限らない。
更にはここに来てというメッセージに気付いていない可能性もあった。
今日渡したチョコの包み紙に小さなメモを忍び込ませておいた。
受け取ってあのままポケットに入れてお終いなら、きっと気付かないだろう。
包みを開けて食べようとしない限り。
来ない可能性が高いと踏んだ私は廊下を散策する事にした。
滅多に来ないここの廊下の壁には、一定の間隔を開けて美術部の作品が飾られていた。
ペタペタと自分1人の足音を響かせながら1枚1枚に目を向ける。
「皆凄いなぁ…当たり前か、好きなんだもんね」
絵を描ける才能に少しの嫉妬を持ちながら歩いた。
ふと1枚の絵の前で足が止まる。
思わず魅入った。
「うわ…綺麗」
キャンバス一杯に広がった青。
青い薔薇だ。
水滴がキラキラと輝いて青い花を際立たせていた。
まるで本物の薔薇の様なそれに目を奪われる。
どのくらいそうしていただろうか。
ふと、階段を大股に駆け上がる足音が響いた。
静かなこの場所に近付くにつれて息遣いさえ聞こえる。
ドキドキと煩い心臓、込み上げる気持ちを収める事なんて出来そうにない。
青い薔薇を見つめながら、ただ彼を待つ。
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