ああ、だりぃ。
入学式なんか出るんじゃなかった。
なんかの呪文みてえにダラダラと話し続けるジジイを一蹴して、俺は目を閉じた。
そうやって現実から逃れた所で目閉じたってそこには植え付けられた記憶が甦るだけ。
「…チッ」
小さく舌打ちをして、もう何度思い起こしたか知らねえ脳裏に焼き付いたあの記憶に身を委ねた。
『青峰くん』
『…ああ?お前誰?』
『私?誰だろうね』
『はぁ?んだそれ』
『まあいいじゃん。それより、はいコレ』
『ん?チョコ?』
『部活終わったら甘いの食べたくならない?あげる』
『は?俺は紫原じゃねーぞ』
『いいからいいから!じゃあね!部活頑張って!』
わけの分かんねえ女だった。
見た事もなければ名前も知らない。
逃げてんのかただ存在感がないだけなのか探したって見つからない。
変な女だ。
始めはどうでも良かった。
毎日毎日飽きもせず俺の所に来てはよくある包み紙のチョコレートを寄越して来る。
2週間もそんな事が続いたが何故か別に嫌だとかは感じなかった。
けどある日、ソイツは来なかった。
『私、もう帝光には来ないんだ』
『転校するの』
『うん。ここに来るのは今日が最後』
『もう会えなくなるね。ホントは昨日のバイバイで終わりのはずだったのに…私タイミング悪いなぁ』
『冗談なんかじゃないよ、青峰くん』
『今まで毎日凄く楽しかった!ありがとう!!それから…』
『私、ずっと青峰くんの事好きだったよ』
『あはは!これも冗談じゃないよ』
『あーあ、最後まで言わないつもりだったのにな』
『あ、ごめん。やっぱり迷惑だよね』
『…名前。名前だよ、青峰くん』
『わ、どうしよ!嬉しい、もう十分幸せ!!』
『バイバイ!!青峰くん!』
『青峰くん!!バイバイ!!またね!!』
ソイツ、名前は俺の事が好きだと言った。
しかも言い逃げだ。
チョコ投げ付けてさっさと逃げやがった。
よく分かんねえけど苦しくなった。
あの時分からなかったこの息苦しさの意味は、あれからそう時間も掛からず分かった。
冗談抜きで翌日から帝光から居なくなった名前。
結局名前だけ名乗って消えやがって苗字は分かんねえまま。
さつきに聞きゃあすぐ分かんだろうが、俺が人を探すなんてそんなめんどくせえ事するかっての。
後々さつきに色々聞かれんのも始末が悪い。
だいたいなんで俺がわざわざ探さなきゃなんねえんだよ。
癪だった。
探しても意味ねえし、俺はその存在を忘れる事にした。
…したんだって。
「青峰くん!青峰くん!!」
「!」
「どうしたの?」
「…んだよ、さつきか」
零した言葉に顔を顰めた。
誰を期待したんだ、誰を。
「もう!入学式終わったよ?皆教室に向かってる!」
隣でさつきがギャンギャン喚いてる。
それをスルーしてのそりと立ち上がって、ポケットに手を突っ込んだ。
「…」
ポケットの中でクシャリと音を立てたそれは
「あークソ。とけてんじゃねーか」
指についたクソ甘いチョコレートを一舐めして舌打ちをかました
他でもない、俺自身に
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