「名前」
「そらちゃん、どうしたの?そんな怖い顔して」
教室に戻った私を出迎えたのは眉間に皺を寄せて腕を組んだそらちゃんだった。
何かあったのだろうかと首を傾げれば彼女は眉間の皺を深くした。
「見えちゃったの、さっき」
「え?」
「女子トイレの小窓から、名前と先輩がいた廊下」
「…あー、そっか」
私の手を引いて窓際に身を寄せると、そらちゃんは私の目をじっと見つめて話し出した。
「私、諦めて欲しくないんだけど」
「え」
「だから、青峰くんの事!名前に諦めて欲しくないの」
「ど、どうしたの」
「だって…せっかくこうやって再会出来たのに勿体ないと思わない?」
「でもほら、私が青峰くんと過ごした時間なんてほんのちょっとで…会話だってあってない様なものだったし」
「…」
「あの時告白したけど、覚えててくれたにしてももう今更って思ってるだろうし」
「…名前」
「っいた!」
そらちゃんが私の頬を軽く抓る。
そして自分の頬をこれでもかと膨らませてぶうたれた。
「名前、私はそんなマイナス思考な名前見たくないよ」
「う」
「あのまま今吉先輩に甘えてズルズル想いを引き摺るの?」
「!」
「もし今吉先輩に甘えるにしても、もう1回気持ち伝えるくらいはしないと…私許さないから」
私は思わず背筋を伸ばした。
そらちゃんの言う事は尤もだと思った。
私の名前も顔も知らなかった青峰くんの所に、心を折る事無く毎日通って毎日話し掛けた私。
あれだけ勇気のあった私は今では見る影も無くマイナス思考の塊だ。
私の頬をもう一度抓って、そらちゃんが笑った。
「私、素敵だと思う。だって奇跡だと思わない?」
「え!」
「別々の学校になっちゃった好きな人と、また同じ学校にいるんだよ?」
「…」
「奇跡以外、なんでもないよ」
「…そんなの、分かんないし」
「ほら出た!マイナス思考!」
「いたい…」
「いいじゃん、思うのは自由!玉砕したら私がちゃんと慰めてあげるよ!」
「有り難いけどなんか玉砕って言葉が痛い…」
「あはは!…大丈夫だよ、名前」
「?」
「青峰くんってきっと単純」
「ん?」
「んーん、私はなんの心配もしてないよって事だよ」
そらちゃんの笑顔はいつも私を安心させてくれた。
中学で初めて話し掛けてくれた時からずっと。
私はそらちゃんのおかげであの頃の勇気を取り戻せた気がした。
だって今、凄く青峰くんに会いたい。
帰りのHRを終えた私はそらちゃんと体育館に赴いていた。
申し訳ないと思いつつもバイトは少し時間を遅らせて貰った。
どうしても今日、青峰くんの事を見たいと思ってしまったから。
体育館では既に部員たちがアップを始めていた。
桜井くんも居て、私たちに気付くと笑顔を向けてくれた。
それから当然の事ながら今吉先輩が居て私を見つけると手を振ってくれた。
少々気まずいながらも控えめに手を振り返す。
先輩を囲む部員の輪、その中に彼の姿は…ない。
「やっぱ居ないよね」
「しょっちゅうサボりってホントだったんだ」
ガッカリして諦めかけた時、むさ苦しい男の中に紅一点、女子が現れた。
桃井さんだ。
桃井さんは私に気が付くと何故か大袈裟に飛び跳ねた。
そして慌ただしくポケットを探り取り出したのは携帯電話。
すぐさま来たばかりの体育館を出て行った。
そらちゃんと2人顔を合わせて首を傾げる。
「桃井さんって、ちょっと変わってるって噂だけど…いつもああいう感じなの?」
「いや、そんな事はないと思うんだけど」
暫くすると桃井さんが戻って来て、なんと私たちの方にやって来た。
戸惑っていると可愛らしい声で話し掛けられる。
いつ見ても自分が女だって事を疑いたくなるくらい可愛らしい人だ。
「苗字さん!良かったらあっちのベンチで見て行かない!?」
「え!?」
「ほほほほら!せっかく来てくれたんだし!ね!見てって!」
「いや、私はここからで十分」
「そんな事言わずに!あ、ほらお友達も是非!」
そう言って私とそらちゃんの手を引く桃井さんに戸惑うしかない。
暫くそこで押し問答していると…
ガラガラ
体育館の重い扉が開いた。
「やっと来た!遅いよもう!早くアップして!」
「!」
そこには青峰くんが立っていた。
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