休み時間、メールで今吉先輩に呼び出された私は3年生の階をうろついていた。
1年生が1人で歩くには敷居が高過ぎて妙に緊張する。
先輩のクラスの前に着いて恐る恐る顔を覗かせると、窓際で誰かと話していた先輩が私を見付けて声を上げた。
「苗字、よう来たな」
「!せ、先輩、どうしたんですか?急に」
「今そっち行くわ」
教室に響く程の声で話しながら私に向かって来る先輩に焦る。
目立つから正直あまり大声は出さないで欲しかった。
お姉様方からの視線を感じるのは気のせいだと思いたい。
オドオドしているとニッコリと微笑んだ先輩が私の頭をポンポンと叩いた。
そして先輩は驚くべき事を口にしたのだ。
「この子やねん、俺の彼女」
「……え?」
「堪忍な。気持ちは有り難いんやけど」
衝撃の一言に唖然としていると1人の可愛らしい女の人が歩み寄って来た。
「今吉くん、それ本当?」
「言うた通りや。ほんま、堪忍な」
「この子の事が好きなの?」
「せや」
「そっか…」
目の前で繰り広げられるコレは一体なんなのか。
部外者のはずの私はその場から離れられなかった。
何故なら、今吉先輩の手が私の手を握っていたから。
少しの会話の後先輩に悲しげな顔を向けた女の先輩は、一瞬私に目を向けた後教室を出て行った。
居た堪れない。
それから未だ手を握ったままの今吉先輩に戸惑うばかりだ。
「…先輩」
「すまん…怒っとる?」
「い、いえ、なんていうか…」
「ちょっと付き合うてくれへん?」
「…はい」
苦笑いを浮かべる先輩に手を引かれて教室を後にした。
「…やっぱ怒っとる?」
「!怒ってませんよ」
「そうやろか」
「はい…でもなんでこんな事したのかなとは思います」
「せやろな…正直言うとさっきの子がなかなか引き下がってくれなくてな」
「あ…」
さっきの女の先輩の悲しげな表情が甦ってなんだか胸が苦しくなった。
こうやって伝えても伝わらない思いはあるんだって目の当たりにしてしまって。
伝えるだけ伝えて逃げ出した私は、あの時逃げ出した事がもしかしたら正解だったかもしれないとさえ思ってしまった。
青峰くんにこんな風に思われてたら辛い。
ふと、先輩が自嘲気味に笑いを零して私を見た。
「苗字にとっては迷惑な話やんな」
「い、いや…その…」
「言うても巻き込んだつもりはないんや」
「え?」
首を傾げていると先輩の目が急に真剣な色を宿した。
「さっきの好きな子の話、間違うてへんねん」
「…え?」
「言うたやろ?巻き込んだつもりはないて」
「あ、あの…」
「自分から気になったんは苗字が初めてなんや」
「!」
「っはは、いきなりそんなん言われても困るわな…でも、考えてくれるか?」
「は、はいッ」
「そんな硬くならんで気楽に考えてくれたらええ」
「う…は、はい…」
この後今吉先輩は1年の教室まで送ってくれて、私はクラスの友達から冷やかされた。
でも私はそれどころじゃなかった。
今吉先輩が私の事…
さっきの事を脳内でリプレイしてみる。
誰かに好かれる事は嬉しい事だ。
それも慕っている今吉先輩なら尚更。
だけど脳内では頭の隅でずっと存在し続ける彼の影が、ほんの少しでも浮かれた私を責めていた。
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