「名前、迎えに来た。行くぞ」
「え?嫌」
「!!何!?」
わざわざ家まで迎えに来てやった俺に対してこの態度。
ふんっ。
俺の気を引こうとしてわざと冷たい態度をとっている事は知っている。
俺が名前を手に入れてからというもの、デートの迎えをすればいつもこれだ。
始めは衝撃的過ぎて堪えたが、今じゃ慣れたもんだ。
これも愛情の裏返しってヤツだろう?
相変わらず可愛いじゃねえの。
「ほら、乗れ」
「自分で乗れまーす」
俺が手を差し伸べて車に促そうとすれば、見向きもしないで大股でステップを駆け上がって乗車する。
そういう所も嫌いじゃないぜ?
シートに凭れて俺が乗り込むのを待つ名前は、俺が腰を落ち着けるといつもこう言う。
「景吾、今日も綺麗だね」
「あーん?」
女に綺麗と言われた所で何も感じねえが、コイツに言われるのは別だ。
気分がいい。
言ってすぐ窓の外に目を向ける名前はきっと照れているんだろう。
「綺麗…ワンちゃんみたいでね(小声)」
今日は名前が『普通』のデートがしたいと言うから、車を降りて2人で歩きながらショッピングをしている。
名前がアレ可愛いコレも可愛いとはしゃぐ姿が新鮮で思わず魅入る。
俺が買ってやると言っても必ず『いらない』と言う名前。
何を遠慮してるのか知らないが、今まで一度も俺が買った物を受け取った事は無い。
男物のショップに入った所で、また名前がはしゃぎ出した。
今度はなんだ?
「これ、長太郎に似合いそう」
「…」
「うわ!こっちも!絶対可愛いぃッ!」
「…」
「景吾!そう思わない?」
「…」
鳳、後で俺様が直々にじっくり試合してやろうじゃねえの。
普段は見られない様な名前のコロコロと変わる表情。
そうさせているのが俺じゃないなんて可笑しいだろうが。
「景吾はコレ」
「!」
突然名前が俺に服を当てて来た。
ふんっ。
やはり俺の事もちゃんと考えてるじゃねえか。
ニヤニヤを隠しながら鏡に向かって、俺は固まった。
「俺…様…」
「あははは!景吾っぽいでしょ?このTシャツ!」
…。
真ん中に達筆で『俺様』と書かれた、ただの白いTシャツだった。
鳳、後で俺様が直々にじっくり地獄の長期戦の相手してやろうじゃねえの。
何故さっきの鳳のはセンスのいい物を選んでおいて、この俺がこれなんだ。
むしゃくしゃした俺は名前の腕を引いて店を出た。
近くのカフェに入ってコーヒーを注文し、黙ったまま外を見る。
すると、ゴソゴソとバッグを漁っている名前を視界の端に捉えた。
何してやがるんだ。
俺が不機嫌になっているというのに放置しやがって。
「景吾?」
「…なんだ」
名前を呼ばれたがとりあえず返事だけ。
顔は外に向けたままだ。
「景吾」
「…だからなんだ」
「それ、返事してるつもりなの?」
「返事してるじゃねえか」
「私はそうは思わないけど」
「…」
「そんな悪い子には何もあげないんだから」
「…あーん?」
名前の言いたい事がよく分からず、仕方なくゆっくりと正面を向く。
名前の前に紙袋が1つ置いてあった。
「悪い子はお預けだね」
そう言ってその袋をバッグにしまおうとする名前の手を思わず掴んだ。
お預けだと?
これは俺に渡す物だって事か?
妙な期待が膨らんで名前の目を見る。
「あはは!なんか物欲しそうな顔してるね」
「あーん?」
「これ、景吾にあげる」
「!!」
「開けていいよ」
名前の手をそっと離して紙袋を手に取った。
名前が俺に何かを寄越すのは初めての事だ。
高鳴る胸をそのままに、袋から中身を取り出した。
更にビニールの包装紙に包まれたそれの紐を解く。
と同時に甘い匂いが鼻を擽った。
「…これは」
「買った物じゃなくて悪いけど」
「…」
「うわ、反応なし?気に入らないなら返して。って、ちょっと」
こちらに向かって伸ばされた名前の手を掴む。
おいおい、俺の手震えてるじゃねえか。
だって仕方ねえだろう。
包みの中に入っているのはクッキー。
それも…
「手作りとか嫌だったら捨てていいから」
名前の手作りだと!?
そんなもの捨てるわけがねえ!
掴んだ名前の手を引いて急いで退店し、向かった先は近くの公園だ。
俺に公園とか似合わないと言って笑っている名前をベンチに座らせて、自分も隣に座った。
手の上に置いた『手作り』のクッキーにゴクリと喉が鳴る。
「…食べて、いいか?」
「当たり前。その為に作ったんだから」
名前の言葉にいちいち感動しながら、クッキーを1つ取り出す。
「…」
「景吾にぴったりでしょ?」
「…」
この際クッキーが『骨型』だって事は気にしない事にする。
サクッと音を立てて齧り付けば、紅茶のいい香りと程良い甘みが口の中に広がった。
「っ、う、美味い」
「そ?良かった。あ…あはは!景吾食べカスついてるよ」
「!?」
俺は目を見開いて硬直した。
俺の口端に着いたクッキーの食べカスを取ったこの柔らかい感触は…名前の唇。
「うん、我ながら上出来」
「…」
「景吾、顔赤い」
「っ、うるせえ」
「私も食べたくなっちゃった、あーん」
「っ!なっ」
名前が齧り付いたのは俺の食べ掛けだ。
さ、さすが俺の女じゃねえの。
動揺する俺を見て笑う名前を見ながら、いつか俺様がお前を翻弄させてやると心に誓った。
END
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ゆい様
お楽しみいただけましたでしょうか?
『年上に恋した跡部のお話』で主人公と跡部が交際する事になったらというリクをいただきましたが、こんな感じになりました。
結局ただ残念な跡部くんになり、甘さもない内容となってしましましたがいかがだったでしょうか?
お気に召していただければ幸いです。
リクありがとうございました!
泪
20140131
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