「うあああああなんで寝坊!」
「…あー、うるせ」
バタバタと家中を走り回りながら大学の準備をしている私に向かって枕が飛んで来た。
ちょっと、酷い。
「何呑気に転がってるの!大輝も一緒に家出るんでしょ!」
「んー。おれこのまま行けるし」
「はー、男は楽でいいよねっ」
大急ぎで準備を終えて玄関に向かうとパンを咥えた大輝が準備万端で待ってた。
ドアを開けて私を急かす。
色々省いていつもの時間に間に合ったんだからそんなに急かさなくてもいいと思う。
「おっせーよ、先行くぞ」
「待って待って!」
「あ?……黄瀬」
「え?涼太がどうしたの」
大輝に続いて外に出ると、涼太が手を振って立っていた。
3人で歩くのはなんだか不思議な気分だ。
背の高い2人に挟まれた私はまるで子供。
しかも変に沈黙が続いてて凄く気まずい。
「涼太は足の調子どう?」
「だいぶいいッスよ。来週にはチームの練習に加われそうッス」
「わ、凄い!良かったね!」
「名前っちにも心配掛けちゃったッスね」
「いいんだよ!ていうかもっと頼っていいんだからね?」
「うん…ありがとう」
「つうか黄瀬、なんだよ朝っぱらから」
「いいじゃないッスか。俺は名前っちの顔が見たかったんス!」
「はぁ?」
「青峰っちは毎日必ず一緒に居る時間があるんだし、これくらいいいじゃないッスか」
「よくねーよ。お前何考えてんだ?名前は俺のなんだから当たり前だろうが」
「……分かってるッスよ」
「ほらほら、私の頭上で喧嘩しない!」
「別に喧嘩じゃねーし。おい、黄瀬は道こっちだろ?」
「…それも分かってるッス」
「じゃあな。さっさと行け」
「コラ大輝!…涼太、気を付けてね」
「うん。名前っち、またね。青峰っちも」
「…俺はおまけか」
「あはは」
今日の2人は通常より割り増して険悪だ。
何かあったの!?
涼太が背を向けたのを見届けて私たちはまた歩き出した。
途端、ぎゅうっと無遠慮に手を握られる。
実は朝からずっと気になっていたんだけど…
「大輝」
「…あ?」
「なんか考え事?」
「…」
「あ、図星」
「別になんも考えてねーよ」
そう言いながら手を握る力が強くなって嘘がバレバレだ。
機嫌が悪いわけでもないけどなんかいつもと違う気がしてたのだ。
でもこの感じだと…話してくれる気は無さそうだ。
全く、私の周りの人間と来たら皆して1人で悩んで…私に相談とかしてくれないんだから。
こないだ奏に言ったら『お節介は黙っとけ。放っとくのが一番』って言われたし、酷い。
バス停に着いた。
大輝はここからバスで通う。
私はすぐそこの駅から数駅電車に揺られなきゃならない。
なので手を離そうと力を抜いたらそれに反してぎゅっと強く握られた。
「?…大輝?」
「ん?」
「私、もう行くよ?」
「時間ねーの?」
「割とギリギリ」
「…」
「?」
何やらハッキリしない大輝の様子に首を傾げていると急に繋いでいた手を引かれて…すっぽりと大輝の胸に納まった。
「…どうしましたか」
「ん。充電」
「何それ可愛い」
「うるせー」
「やっぱなんか変だけど…今は追求しないでおいてやるかな」
「はぁ?何偉そうな事言ってんだよ」
「あはは!ほら、私もうホント行くから」
「…」
「ん?…え」
そっと顔が近付いたと思ったら大輝の唇が私の頬に触れていた。
いつも強引なくせに、道端だっていきなり口にキスとかして来るくせに、ほっぺにキスとか…今日はホントになんなんだ。
「い、いってらっしゃい」
「おー。お前もな」
変にドキドキして覚束ない足取りで駅に向かう。
軽く振り返ると、バス停の脇の電柱におデコを擦り付けている大輝の後姿。
ちょ、本当にいったいなんなの!?
よく分からない恋人の行動に私はただ首を傾げるしかなかった。
「ねえ奏。大輝どうしたんだと思う?」
「名前に分かんなくて私に分かるわけないでしょ」
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