「名前っち、お願いがあるんス」
「お願い?何?」
カフェを出た後の事。
家まで送ると言う涼太を制して道路際でタクシーを待っていた。
当たり前だけど怪我してる人に送って貰うなんて事出来るわけがない。
そんな時凄く真剣な顔で涼太が言ったのだ。
私にお願いってなんだろう。
「今日の事、青峰っちには言わないで欲しいッス」
「今日の事?ただお茶しただけだけど」
「変に色々誤解されたくねぇんス」
「…誤解?大輝は別に私たちの事」
「そうじゃないんス。これも俺自身の問題で…とにかく言わないで欲しいッス」
「…うん。分かった」
あまりに真剣に言うものだからそれ以上聞けなかった。
今日の涼太は頻りに『自分の問題』って言葉を使う気がする。
話したくない事を無理に聞き出す趣味はないけど、やっぱり気にはなる。
それが私には言えない『悩み』なんだろうか。
誰かに相談出来ているのかなとか、溜め込んじゃってるのかなとか、色々考えてしまう。
「じゃあ、名前っち!コレ治したらまた送らせて」
涼太は自分の足を指差してニコッと笑って、歩道に寄って来たタクシーに乗り込んだ。
「うん。早く治るといいね」
「ありがとう、名前っち」
遠ざかるタクシーを見えなくなるまで見つめた。
家に帰ろうと歩き始めたところで携帯が震えた。
予想通り、大輝だ。
「もしもし」
『おー。俺』
「あ、オレオレだ」
『バァカ、ふざけてんなよ。何時に帰る?』
「今○○通り歩いてるから、あと15分くらいかな」
『ん、分かった』
「大輝は?」
『俺はもう家。つかお前のマッサージ待ちなんだけど…今日すげー疲れた』
「あはは!そっか、じゃもう少しお待ちくださいお客様」
『なんだそれ。色んな奉仕してくれんの?』
「…バカ」
『ジョーダンだって。多分な』
「多分って何!」
暫くそんなバカみたいな話をしながら歩いていると道の先に背の高い青頭を発見。
大輝だ。
通話を切って走り寄った。
「お疲れ」
「大輝!家に居たんじゃなかったの?」
「暇だったし、出て来た」
「疲れてるって言ってたのに」
「…この道、車多くて危ねーだろ」
「心配してくれたんだ!」
「…そんなんじゃねーけど」
「大ちゃん大好き!」
「うお!っぶねーな!」
嬉しくなって大きな背中に飛び付いた。
いきなりこういう優しいとこ見せて来るから困る。
危ないと言いながら私がタックルしたくらいじゃビクともしないんだけど。
1人で帰るはずの帰り道を2人で歩いた。
家に着くとテーブルには作り置きしておいた夕飯が並んでいた。
たまには一緒に食べようと用意してくれたらしい。
3ヶ月一緒に過ごして来て分かった事なのだけど、大輝は結構色々やってくれる。
絶対全部私任せなんだろうななんて覚悟していたから結構拍子抜けだ。
始めからちょっとは律儀な所もあるのかなとは思ってたけど。
元の世界で出会い立ての頃、突然大輝がお風呂掃除をしていてくれた事を思い出す。
仮を作るのが嫌だっただけかもしれないけど、なんて。
食事もお風呂も済ませた後、大輝をベッドに転がしてマッサージ開始だ。
資格とか持っているわけじゃないし大して上手くもないと思うんだけど、大輝は私のマッサージは効くって言う。
なのでちょっと得意気になってみたり。
腰に乗っかって首や背中から解し始める。
『もっと強く』とか『もっと右』とか、注文に合わせて調整だ。
暫く揉み続けて腕が疲れて来た頃スゥスゥと寝息が聞こえて来た。
「あれ…大輝?」
「…」
「ホント、疲れてるんだなー」
「…んぁ?」
「大輝、仰向けで寝ないと」
「…んー」
首が痛くなったら大変だとうつ伏せの大輝をトントンと叩くと、自力でのそのそと横向きに体勢を変える。
布団をそっと掛けてあげれば、ゆるゆると伸びて来た手に掴まって抱き締められた。
「大輝、お疲れさまー」
「ん」
「…ん」
目を閉じたまま近付いて来た顔に自分からも近付いて、おやすみのキス。
幸せな気持ちのまま私も眠りに就いた。
「おやすみ、大輝」
「くかぁ…」
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