「青峰っち〜!ハッピーバースデー!」
「おめでとうございます、青峰くん」
食材などを買ってから家に帰るとドアの前に3人の人影。
親友とその彼と、大輝の好敵手。
誕生日を祝いに来てくれたらしい。
祝われる本人は顔を顰めて不機嫌丸出しになっている。
奏が小さな声で聞いて来た。
「名前、もしかして帰った方がいい感じ?」
「大丈夫だよ。上がって」
「大丈夫じゃねえよ!そこのデルモ帰れコラ!」
「ええ!俺だけッスか!青峰っち、随分な扱いッスね…」
「…ちょっと上がったら帰れよ、仕方ねえな」
「名前さん、お邪魔します」
大輝は意外にもあっさり涼太を通して、皆ゾロゾロと順に部屋に入る。
家の中はすっかり騒がしくなった。
キッチンで買って来たものを取り出しているとテツくんがやって来た。
「名前さん、食事は買って来たので一緒に食べましょう」
「え!ホント?助かる!これから作る所だったんだ」
「お仕事でお疲れでしょうから、全部揃ってますしもう一緒に向こうに行きましょう」
「わーんテツくん天使!飲み物だけ持って行くから待っててね」
「はい、ありがとうございます」
優しく微笑んでリビングに向かうテツくんを見送ってお茶の準備をする。
すると今度はまた違うお客さんが現れた。
「涼太」
「名前っち、いきなりお邪魔してごめんなさいッス…」
「いいよ、ワイワイ楽しくて」
「青峰っちは超不機嫌ッスけどね」
「あはは!」
「ま、せめてもの仕返しッス」
「ん?」
「こっちの話ッスよ」
「?」
「…」
「…涼太?」
「名前っちは…」
「うん?」
「幸せッスか?」
「ど、どしたの、いきなり」
「…って聞くまでもないかぁ」
「涼太?」
「でもやっぱ聞かせて。幸せ、ッスか?」
「…うん。幸せ、だよ」
「…良かった。ならこれからきっともっと幸せになれるッスね」
「?どうしたの、涼太…」
「何やってんだ、黄瀬」
綺麗に微笑んだ涼太の後ろから物凄い目付きの大輝が顔を出した。
笑えないくらい怖い顔なんだけど、その理由がなんだか分かってしまったので思わず吹き出してしまう。
涼太も同じだった様で笑いを堪えながら今の大輝には通用しなさそうな冗談を飛ばした。
「青峰っちー、いい所だったのに邪魔しないで欲しいッス」
「はぁ!?何しようとしたんだよてめえ。返答によっちゃただじゃ置かねーぞ」
「ぶくく!青峰っち、顔!ヤクザッスか!」
「んだとコラ黄瀬!」
「ほらほら!大輝!何もないから!あっち行こう」
「お前も簡単に2人になってんじゃねーよ!」
「何言ってるのもう!」
「俺先に向こう行ってるッスよ〜」
頭の後ろに両手を組んで、体を震わせて笑って戻って行く涼太。
こっちの人は違う意味で体を震わせていた。
「黄瀬のヤツ、次の試合でフルボッコだ」
「ほら、大輝も行こう」
そんな事言って結局嬉しそうにバスケするくせに。
大輝から離れてトレイにお茶を乗せて持ち上げると、その瞬間後ろから物凄い力で抱き締められた。
グラスに入った麦茶がちゃぷんと波打って私の手を濡らした。
そっとトレイを置いて溜息を漏らす。
「あっぶない!倒れなくて良かった…大輝さーん…」
「んだよ」
「こらこらこら、皆居るんだから!何してんの!」
「発情」
「馬鹿か!」
「おー。バカだからすぐ盛る」
「!」
手の甲に大輝の舌が這った。
私の手を持ち上げてさっき零れた麦茶を舐めとったのだ、卑猥!
もう片方の手が服の隙間から入り込もうとした所で、さっきまで騒がしかったリビングが異様に静かな事に気付く。
大輝も気付いたらしく動きを止めた。
「あれ?御二方、続きは?」
「か、奏さん!駄目ですよ」
「うわぁ、青峰っちいつもこんな感じなんスか…」
3人が部屋の角から顔を覗かせていた。
一気に顔に熱が集まる。
「んがッ!!」
私は渾身の頭突きをお見舞いして脱出した。
悶絶してる馬鹿は放置だ、誕生日とか関係ない。
そのまま皆でリビングに向かって、3人が買って来てくれた料理を囲んだ。
顎を摩りながらも文句も言わずに戻って来た大輝は一応反省はいしているらしい。
ちょっとだけ可哀想になって私の隣をポンポンと叩いて見せれば、素直に隣に腰を下ろした。
「さ!じゃあ食べよう!青峰っちおめでとー!いただきまーす!」
「ウマそー!俺これ食べたかったんスよ」
「僕はこれが美味しそうだなって思っていたんです」
「…お前ら、ただ食いてーもん買って来ただけじゃねーか」
「まあまあ。せっかく来てくれたんだし、ほら食べよ!」
不服そうな主役。
けど舌打ちしながら俯いたその口元は笑ってて、なんだか幸せな気持ちになった。
ホント、素直じゃないんだから。
ワイワイと食事を楽しんで暫く経った。
3人が買って来たケーキを皆で突きながら涼太がポツリと疑問を漏らした。
「青峰っち、解禁になったのに酒飲まないんスか?」
「あ、そうだよね!二十歳じゃん」
「そういう黄瀬くんもですよね?」
「俺は明日ちょっと撮影あるんでパスッス」
「お酒、買って来たし有るのは有るんだけど」
「今日はいらね」
「って言うんだよね」
「ま、飲まなくてもいいものだけどね〜」
「そういう奏は飲み過ぎですけど」
気持ち良さそうにお酒を口に運ぶ奏を見てテツくんに目をやると、困った様に眉を下げていた。
きっと帰ってから大変なんだろう。
「奏さん、そろそろお暇しましょう」
「ん?あ、そうだね」
「じゃあ俺も。邪魔者は退散するッスよ」
「退散すんのおせえよ、むしろてめえはもう来んな」
「まーたそんな事言って。恩を仇で返すつもりッスか!」
「うるせーよ、恩着せがましいぞ!今日は心底機嫌がわりーんだよ!誰かのせいでな!」
「何言ってるの!せっかく来てくれたんだからそんな事言わない!」
「怖い怖い!じゃ、名前っち、お邪魔しました」
「来てくれてありがと」
「名前さん、お騒がせしました」
「じゃあねー名前!」
3人を見送って隣を見ると既に大輝は部屋に戻っていた。
薄情なヤツだ。
リビングのソファにぐったりと背を預けた大輝が溜息をついていた。
笑えてしまうのは、その溜息に微塵の嫌悪も無いって事。
「ったく、散々な誕生日だぜ」
「そんな事言って嬉しいくせに」
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