「名前っち!」
「あ、涼太!」
バイトに向かう途中、キラキラと輝く長身イケメンに遭遇した。
黄瀬涼太だ。
大輝とチームは違うけど仲良くやってるらしい。
大輝は『はぁ?仲良くなんかねーよ』とか言ってたけどなんだかんだで結構心を許してるんじゃないかと思う。
涼太がキラキラの笑顔を向けながら走り寄って来た。
うん…やっぱり耳と尻尾が見える。
「名前っち!これからちょっと…て、あー…バイトッスかぁ」
「ご名答!ごめんね、せっかく会えたのにお茶も出来なくて」
「仕方ないっスよ!また誘うッス」
「うん」
「あ、バイト先まで送るッスよ」
「え?いいよ、大丈夫」
「俺が送りたいんスー!」
「っふふ、分かった。ありがと」
「へへ。ねぇ、名前っちは今のバイト先に就職する予定なんスか?」
「うーん。出来たらいいんだけどね」
今の私のバイト先はスポーツ誌の出版社だ。
雑誌編集部で雑用をしながら色々勉強中の身。
この間『黄瀬涼太特集』が組まれたばかりで先輩が涼太の所に取材に訪れたらしい。
涼太の言葉通りになれば嬉しいけど現実はなかなか難しいと思う。
ま、頑張るしかないけど。
「持つッスよ」
突然右肩が軽くなったと思ったら涼太が私のバッグをヒョイと掲げていた。
大して重くもないんだけどたいていこうやって荷物を持ってくれる。
「大丈夫なのに」
「駄目ッス!青峰っちは持ってくれないんスか?」
「あはは!持つと思う?」
「んー…思わないッス」
「でしょ?私も別に持って貰おうとは思ってないし」
「そうなんスか?」
「うん。ほら、私自体そういうタイプじゃないでしょ?か弱くもないし」
「名前っちは十分女の子ッスよ。可愛いし、優しいし」
「え」
「…あ」
なんだか凄く恥ずかしい事を言われた気がする。
涼太の発言に反応してしまったら口に出した本人も固まっていた。
そしてみるみるうちに頬がピンクに染まる。
「りょ、涼太?」
「うあ!な、なんでもないッス!」
「そ、そう…」
「は、ははは」
微妙な空気が流れる中バイト先に到着。
バッグを受け取って涼太を見るとその頬はまだ薄っすらと赤い。
「頑張って下さいッス!」
「うん、ありがとう」
背を向けて街に消えて行く涼太を見送った。
「たーだいまー」
「おー、おかえり」
バイトを終えて家に帰ると22時を回っていた。
大輝は先にお風呂を済ませて私が朝用意して行った夕食を食べ終えた所だった。
ソファに上着とバッグを放って背凭れに身を預け目を閉じると、ソファの軋む音と体が沈む感覚。
と同時に瞼の上が蔭った。
「ん」
思いの外優しく重ねられた唇は、なんだか疲れた私を労わってくれているみたいでちょっとだけ擽ったい。
「ん…名前」
「ん?何、っわ」
短いキスの後ソファに腰を下ろした大輝は、私を軽々と抱き上げて自分の足の間に納めた。
背中、あったかい。
大きな腕に包み込まれそのまま大輝の体に寄り掛かっていればだんだんウトウトし始める。
思ったより疲れが溜まっていたらしい。
「名前、飯は?」
「うー、いらない」
「風呂は?」
「んー、明日の朝」
「明日講義何時だよ」
「午後イチ」
「じゃもう寝ちまえよ。朝も起きなくていい」
「でも朝ご飯ー」
「夜のが余ってっから平気」
「なんか今日大ちゃんやっさしー」
「茶化すと犯すぞコラ」
「っふは…っん」
もう一度唇を塞がれた。
だけど優しい。
荷物持ったりしてくれなくても、暴言吐いても、態度もぶっきら棒でも…大輝はちゃんと優しい。
昼間受けた涼太の優しさとはまた違う、大輝なりのそれが私は嬉しかったりするのだ。
ふわふわとする意識の中キスはいつの間にか終わって、抱き上げられたと気付いた頃には寝室に着いていた。
そっと寝かされてすぐ、大きな体が私を包み込んだ。
ああ、安心する。
「おやすみ…大輝」
「おー。お疲れ」
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