UNSTOPPABLE-O・TO・NA- | ナノ

第28Q

「名前、もっとこっち」
「はいはい」


引き摺られる様にして連れられお風呂をなんとか済ませた私は、もうそれはそれはくたくたになってベッドに身を投げ出した。
うん、もう無理動けない。
大輝はその私の体を後ろから抱き締めて引き寄せる。
だから、これ以上くっつけないんだってば。
そんな事言っても無駄と知っているから口には出さずに身を預ければ、その変態は私の耳の辺りに顔を埋めて匂いを嗅いだ。
これももう何も言うまい。
「なあ、明後日の予定は?」
「明後日……バイトだ」
「んだよ、さぼれ」
「無理」
「はぁ?」
「…ちゃんと分かってるよ?誕生日」
「…なら休めっての」
そう。
明後日は大輝の20回目の誕生日。
残念ながらいつも通りバイトはあるし、勿論休む事も出来なければさぼれるわけもない。
大輝はちゃっかりお休みみたいだけど。
「何時に帰ってくんだよ」
「頑張っても4時、かな」
「おせえ!」
「んぎゃ!ちょっと!」
脇腹のお肉を抓られ項を齧られた。
そのままぺろりと舐められて擽ったさに身を捩れば、今度はそこに態と音を立てて吸い付いて来る。
「帰って来たらお祝いするんだから、ね?」
「俺に1日何してろってんだよ」
「いい子に待ってて」
「お前、俺を何だと思ってんだコラ」
「大きな子供」
「…てめえ」
「嘘だよ。私の大事なヒト」
「…」
「んー、ピンと来ないな。好きなヒト、彼氏、愛するヒト?私の…」
「…」
「…私の大輝!コレか!」
「…」
「あ、照れてる」
「ッ照れてねーよ、ぶぁか!」
「ふふ」
「…明後日寝れると思うなよ」
「きゃあ怖い」
「ったく。はぁ…もう寝んぞ」
「あはは。好きだよ、大ちゃん」
「…」
返事の代わりなのか、大輝は私を更に強く抱き締めた。
眠くなったらしい大輝の体は子供の体温みたいに熱を持ち始め、私の体にもその熱がじんわり伝わって来る。
規則正しいリズムで刻まれる背中から感じる心音に身を委ねれば、ゆっくりと瞼が落ち始めた。
「おやすみ」
「…おー」
耳に優しいキスが落とされて、私はそっと目を閉じた。


8月31日。
『おはよ』
『ん…くあぁあ…はよ』
『大輝、誕生日おめでと』
『…おー、さんきゅ、ん!なッ』
『…あはは!誕生日スペシャルである!』
『今の…も、もっかい…』
『スペシャルは1回きりです残念、いってきます!』
家を出る時間ギリギリ。
寝起きの大輝をキスでお祝いして、本当は猛烈に恥ずかしかったのがバレない様に玄関にダッシュ。
もう1回とせがんで羨望の眼差しを向けて来る大輝を置いて、私は予定通りバイトに向かった。
去り際のジト目が頭から離れない。
誕生日に1日一緒に居てあげられないのはやっぱり悔やまれるけど、仕事を放ってしまうわけにいかない。
午前中は先輩のサポートで外回り。
午後はひたすらデスクでの作業だ。
なんとか少しでも早く終わる様、私はいつも以上に集中した。
作業に没頭し続けて、突然聞こえた先輩の声にハッとして顔を上げた。
「名前ちゃん」
「は!はい!」
「ちょっと頑張り過ぎ、昼も食べずにもう3時間もそうやってるって気付いてる?」
「…え!?3時間!?もう3時!?」
「そうだよ。しかも鬼の形相で」
「うわ、うわぁー」
「あはは!お疲れ様、もう上がっていいよ」
「え?でもまだ3時です」
「今日は大事な日だろ?」
「…先輩」
「記事で名前ちゃんの事弄り過ぎたお詫び」
「有り難く上がらせていただきますがそっちは絶対許しません」
「おー、怖い。ちなみにさっき彼に連絡入れといたから早く帰ってあげないと」
「え!」
「取材の関係で番号聞いたし。だから早く帰って」
「あ、ありがとうございます!」
先輩にバシッと背中を叩かれて、前のめりになりながら荷物を持って席を立った。
優しい上司様に感謝だ。
エレベーターを下りて急いでエントランスに向かう。
ふと、入口の外に見慣れた青頭を見つけた。
「…なんか、懐かしい」
大輝が以前の私の世界に居た頃の事を思い出して頬が上がった。
そういえばあの頃も仕事が終わる時間にこんな風に背を向けて待っててくれたっけ。
あの頃と同じ状況なのに、大輝のその横顔は当たり前だけどすっかり大人びてて…思わず見惚れた。
あ、女の子に話し掛けられてる。
スポーツ誌の会社の前に本物のスポーツ選手が居たら誰でも何事かと思うだろう。
「しかも…かっこいいし…!」
自分で呟いた言葉にビックリして赤面した。
大輝の方を見れば、寄って来た女の子を邪険に扱っている。
あれじゃ評判悪くなるよ、なんて思いつつホッとしている私は酷く自分勝手だと思う。
自動ドアが開く音に反応してゆっくりと大輝が私を視界に入れる。
「…大輝」
「おー、お疲れ」
「…お家で待っててくれて良かったのに」
「出掛けたついでだ」
「お出掛け?…ストバス?」
「おー」
「私服で?」
「…軽くその辺のガキ共相手にして来ただけだし」
「そっか。そうだ、お迎えありがと」
「だから…ついでだって」
「はいはい。帰ろ」
隣に並んで大輝の手を引けば、その手は私の手を包み込んでぎゅっと握り締める。
なんだか嬉しくなって見上げたら『なんだよ、朝みてえにまたチューでもしてくれんの?』とか言うから全力で俯いた。
ケタケタと笑う大輝がまたやけに大人びて見えて、不覚にも心音が乱れた。


「中身は何も変わってないはずなのにね」
「あ?1人で何言ってんだ?」

prev / next

[ back to top ]

×
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -