「名前」
「んー?何ー?」
私は今机に向かっている。
大輝の呼び掛けにも振り向かず声だけで返す。
不機嫌オーラを痛いくらい感じるけど、今の私に大輝を構ってる余裕なんて微塵も無かった。
「暇」
「出掛けて来て」
「めんどくせー」
「…お願い、邪魔しないで」
「んだとコラ」
痺れを切らして振り向くと、私の枕を抱えて如何にも退屈そうにベッドに寝転んでいる大輝と目が合った。
…くそう、可愛い。
でも駄目だ。
私には今やるべき事がある。
「あのね、大輝」
「なんだよ」
「試験なの、試験。分かる?」
「おー。んなもんてきとーにやっとけって」
「大輝と一緒にしないで!」
「なんとかなんだろ」
「ならないから!」
そう、私は今試験勉強をしている。
数日後に控えた前期試験の為猛勉強中だ。
正直色々あってまともに勉強出来ていなかったので今回は非常にまずい。
試験後はせっかくの夏休み、開始早々また勉強におわれて追試だなんて御免だ。
それだけで貴重な夏休みが2週間も潰れてしまう。
今日1日オフの大輝には申し訳ないけどかまってあげる時間は本当に無いのだ。
「夏だってのに海も行ってねーじゃん」
「しょうがないでしょ。大学の夏休みは遅いんだから」
「つまんね」
「ついでに言っとくけど、夏休みだってもう遊んでられないんだから」
「はあ?なんでだよ」
「色々やる事があるの!就職する為に」
「就職?」
「大学卒業したら働くんだから、遊んでばかりいられないの」
「……大学止めて家に居りゃいーだろ」
「はい!?」
「…だから、別に…必死こいて働かなくていいって」
「何、それ」
大輝の言葉に沸々と怒りが込み上げて来る。
私はこれからも大輝と一緒に頑張っていきたいって思ってるのに、そんな何もしなくていいみたいな言い方って無い。
「お、おい…そんな真に受けんなって」
「だったら、軽々しくそんな事言わないで」
「なんでそんな気が立ってんだよ」
「大輝が無神経だからだよ」
「はあ?怒る様な事でもねーだろ」
「…」
「…」
不穏な空気。
駄目だ。
ここで怒りに任せてしまえばまたきっと大輝とすれ違ってしまう。
二度とあんな事は御免だと冷静に考える。
それは大輝も同じ様だったみたいで…
「わーったよ」
「え?」
「気晴らしに黄瀬ぶっ潰して来る」
「だ、大輝?」
「勉強すんだろ?」
「…うん」
「外出て来るから、気が済むまで机と仲良くしとけ」
「!大輝!!」
「うおっ」
ベッドから降りて立ち上がった大輝に飛び付いた。
背中に腕を回してギュっとしがみ付けば、大輝の大きな手が私を包み込む。
「お前に出て行かれたら困るしな」
「それ、大輝が言う?」
「るせー」
「ふふ」
「笑ってんなバカ」
「いい子にはご褒美をあげよう」
「は?…!」
背伸びをして不意打ちのキスをした。
驚いて固まってる大輝が可愛い。
じっと見つめていればゆっくりと顔が近付いて…
もう一度、今度はしっかりと重なった。
「暫くこれで我慢してやるよ」
「む。偉そうに」
得意気に笑って外に繰り出す大輝を見送る。
ちょっと大人になったな、なんて思いながら。
「その代わり、試験終わったらすげえからな」
「ちょ!な、何が!?」
prev / next