「…」
「…」
驚きつつも会えた事が嬉しいという気持ちの方が先行する私とは逆に、大輝のその表情は曇っていた。
目は合っているのに何処か遠くを見ているような。
覇気のない表情にどんどん不安が募る。
やっぱり大輝は観に来て欲しく無かったのだろうか。
また私が涼太と2人きりで話してて呆れたのだろうか。
もう私と話したくないって事だろうか。
その証拠に、私が体の向きを変えて一歩踏み出そうとすれば大輝の瞳は揺らいだ。
いつも勝ち気な大輝のこんな顔は見たくない。
だけどそうさせてるのは私。
「…お疲れ様」
「………おう」
「怪我、してない?」
「…そんなヤワじゃねーよ」
「そ、そか」
「…」
すぐに訪れる沈黙。
私1人で空回りしてるみたいだ。
続ける気のない会話にめげそうになったけど、目の奥が熱くなるのをなんとか思い留まって大輝を見つめた。
また揺らいだ瞳には気付かなかった事にして。
自分の正直な気持ちだけを告げた。
「大輝」
「…ん」
「必死で頑張ってる大輝…凄くかっこ良かった…ホント、凄く」
「ッ」
「今日、観に来て良かった」
「…」
「あ、会えて良かったッ」
「…」
「話出来て、良かったッ…!!」
静かなこの場所に『チッ』という舌打ちの音が響く。
その瞬間、私は懐かしい温もりにそっと包み込まれた。
それは今までみたいにぎゅうぎゅうと抱え込む様な強い力なんかじゃなくて、こっちを窺がっている様な戸惑っている様な心許ない力だった。
それでも大輝が自分に触れてくれたんだと思っただけで私の心は震えた。
こんな時に改めて思ってしまったのだけど…私の大輝不足は随分と深刻だったらしい。
大輝は…どうなんだろう?
表情を窺う様に少し顔を上げればまた目が合って、大輝が息を呑む音が聞こえた。
「…わ、悪い…嫌か」
「え」
「…俺に触られんの」
「なッ!なんで!?」
「…お前、震えてっから…」
「!ち、違う!」
「いい、嘘つくなよ。怖いんだろ」
「怖い!?何言ってんの!?」
ただでさえ弱かった腕の力を更に少しずつ弱められるのに比例して私の不安もどんどん膨れ上がる。
嫌だ。
離れたくない。
「あんな事されて、怖くないわけねーだろ…」
「!」
「…ほらな」
「!」
私の瞳が一瞬揺らいだのを見逃さなかった大輝は自嘲気味に溜息を漏らした。
全然怖くなかったと言ったら嘘になるけど今のは肯定の意味で動揺したんじゃない。
大輝がそんな風に考えてたんだって思ったから。
だから、私との距離を置いたんだって思ったから。
既に私と少しの距離をとって後退りそうになる大輝の腕を掴んで、思いっきり引っ張って思いっきりしがみ付いた。
抱き付いただなんて可愛らしいもんじゃない。
逃がすまいと、大きな背中に精一杯腕を回してしがみ付いた。
「!お、おい!無理すんなバカ」
「何が!」
「何ってお前」
「無理って何!?大輝と離れてる事の方が私には無理!!」
「ッ!!」
「怖いって何!?大輝があの家に居てくれない事の方がよっぽど怖い!」
「名前ッ」
「ッ言ったじゃん!大輝と居て後悔した事なんて一度も無い!」
「っんなんだよ、お前はッ!俺が、バカみてーじゃねーかッ」
「ふ、うっ…バカだよ大輝は…怖がる事なんか、不安になる事なんか、何も無いのにッ」
「名前」
もう一度、大輝の腕がそっと私の背に回る。
胸が締め付けられるみたいに苦しくなった。
優しく腕の中に納められればやっと戻って来てくれたって思えて瞳に湛えていた涙が頬を伝う。
ああもう、私の涙腺しっかりして。
泣いてる場合じゃないんだから。
今一番伝えたい事、伝えなきゃ。
「大輝…」
「名前…」
「私大輝が好きだよ。どんな大輝だって好き」
「ッ」
「ごめんね…他の人の事なんか何も考えられないくらい、好きだよ」
「あ、謝んなよ」
「だって、私が軽率過ぎたから」
「俺がすっげえだせーじゃねーか…黄瀬にアホみてーに焼いて…お前の事…」
「だから…そんな大輝も全部ひっくるめて、大好きだって言ってるの」
「ッはぁ…俺も今回のでよく分かった…」
「?」
「ドン引くくらいお前の事好き」
「ッ大輝!」
「…悪かった」
「!」
「あんな抱き方して…」
「…うん、…うん…もういいッ」
「名前………キスしてえ」
「うん」
「すげえいっぱい」
「うん」
「死にそうなくらいいっぱい」
「うん…ん」
そっと唇が重なった。
沢山沢山キスした。
どれだけしても足りなくて、とにかく沢山沢山した。
ボロボロとバカみたいに流れる涙も大輝が拭ってくれた。
ああ、幸せってこういう事。
「帰るか…」
「うん。帰ろ…一緒に」
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